父、孫悟空にそっくりだと言われていた悟天が髪を切った。いわゆる最近の若者風になった悟天は思春期らしい少年から青年へと進んでいるわけで、それを理解するものもあり、少し勿体ないと思うものもいる。
「お母さんは前で、兄ちゃんは後ろだね」
「へぇ、なんか意外だな。悟天のお母さんって悟空さんのことすごく好きだから悟空さんそっくりな悟天はそのままでいてほしがるかとか思ってたよ」
西の都、カプセルコーポレーションのトランクスの部屋。部屋の主であるトランクスから渡された清涼飲料水を遠慮なく受け取る悟天は、ハイスクールからの帰りの寄り道中だ。
「兄ちゃんが父さんっ子だったから、僕が生まれる前の色々で父さんに似てる僕に色々思うところあったんだろうってお母さんが言ってた。反対にお母さんは父さんによく似てるけど、別の人って根っこから分かってるって感じだったみたい」
ぼやきとも聞こえる声色に幼馴染にも色々思うところはあるのだろうとトランクスは思う。彼とて、別の未来を進んでいる自分と出会うこともあったし、ベジータとブルマの息子ということで様々な声を聴くこともある。似ていないところも多いが、何かしら共通するものを持っている幼馴染の関係がありがたいことも多かった。
「悟天、今日って金曜だろ。どうせなら泊まっていかないか? 最近お互いテストだなんだであんまり話せてなかったし」
「あー、嬉しいかも。僕もそろそろウチからちょっと出た方がよさそうかなーって思ってたし」
「? ……悟天、なんか困ってるのか?」
「いや、大したことじゃないよ。ウチのお父さんがさ、最近修行から帰ってきたんだよね」
「それはいいことだよな?」
「一応ね」
「一応って…悟天ってドライだなぁ」
「いやだってさ、うちの父さん、お母さんのことスキ過ぎるからさ」
「は?」
トランクスの部屋のガラステーブルに肩肘をつき手のひらに顎を乗せる悟天の表情は小さく唇を尖らせていて、幼少のころの癖がまだ抜けていない。トランクスの母、ブルマ曰く、その表情が小さい頃の孫君にそっくりということらしいが、それは幼馴染のために言わないでおこうと思っているトランクスである。
「僕がウチにいると父さんがお母さんとイイことできないから、なんかこう居心地悪くなるんだよね。お母さんはフツウなんだけど、父さんの方からなんていうの? 圧があるっていうかさぁ」
「ご、悟空さんってそうなんだ……」
「トランクスくんのところは平気? そういうのない?」
「うちはそういうのはないかな…、多分」
「まぁ、トランクスくんのうちおっきいもんねぇ。ベジータさんもブルマさんもふたりきりになろうと思ったらできちゃうのがいいのかも」
「ご、悟天…?」
何やら雲行きが怪しくなってきた気がする…。
トランクスが悟天の名を呼ぶが彼の眼はどこか遠くを見つめている。が、いつの間にか部屋に入ってきた黒猫のタマが悟天の脚に身体を擦り寄せたことで彼の視線がタマへと行き、トランクスは空気が変わることを期待した。
「タマが部屋に来るのは珍しいな。お腹がすいてるかもしれないし、ちょうどいいから僕達も何か食べにいこうか」
「ねぇトランクス君」
ひょいっと猫らしい身軽さでテーブルの上に乗ったタマの頭を撫でる悟天が口を開く。
「僕ね、うちのお父さんが生き返って一緒にくらすようになってしばらくしてからさ、ウチの近くに猫がいるって思ってた時期があったんだよね」
「猫?」
「そ。猫。でも不思議なもんでさ、鳴き声しか聞いたことなかったんだよ。しかも夜にだけ鳴き声が聞こえることがあるの」
「…………」
「ちっちゃいころはさ、その猫を探してウチで飼えたらなーと思って父さんやお母さんに話したらまぁ見事にお母さんの平手打ちが父さんにクリティカルヒットしてさ」
「ご、悟天。悟天っ、今日から日曜日くらいまでうちに泊まれっ。お前ちょっと多分なんか疲れてるんだよっ」
そう。多分幼馴染は疲れている。
孫悟天の父、孫悟空は修行大好き武闘家気質の天真爛漫で何物にも縛られないようでいて、ちょっとばかり厄介な愛妻家である。
家族としての情は深い男だが、妻の夫であることと、妻の視線と意識を自分に向かないことを嫌う傾向があると気付いたのは、ブルマの何気ない呆れの混ざった日常会話と成長していく自分の感性からだ。
「勝手に長い修行に出たくせにさー、ふらっと戻ってきて妻補充したいとかなんっつー我儘かって話だよねー」
ぼやく悟天の手元で、真っ黒な黒猫のタマが小首をかしげて「にゃあ」と短く鳴いた。