3日間の恋人「んー、俺、金ないんすよ」
ほとんど中身の残っていないグラスを唇に当てて夏太郎が笑った。その言葉の内外に含まれた意味を酌んだ尾形は「ふは」と息をもらして笑う。尾形が持っていたグラスの中で溶けた氷がかろん、と音を立てた。
だから、どうした。
ちゃんと最後まで言え、という気持ちと、それは野暮だろう、という気持ちが同時に湧く。隣に立つ夏太郎の目を見ると、輝いて見えるそれの奥が暗く濁っているように見えた。
夏太郎が首を傾げる。一歩、踏み込んできた。少し近くなった距離で見ると、先ほど感じた目の奥の濁りはどこかに消えていて、キラキラとした期待のこもったものしかない。
「百之助さん?」
熱っぽい声で名前を呼ばれる。
カウンターに置いていた右手に夏太郎の左手が重なる。
「どうせタクシーなんだ。もう一杯飲めよ」
「やった、ありがとうございます」
笑顔の夏太郎が尾形に体を擦り寄せた。重ねられていた手は指が絡まってきた。夏太郎の親指が尾形の小指を優しく撫でる。久しぶりの人肌に、尾形はもうこれだけで満足だった。