喜べ世界! 運命だと思った。今まさに欲しいと思ったものが目の前で泣き声を上げている。これは俺が保護しないといけない。世界は俺に味方しているのだ。だから俺の行いは常に正しい。
俺は熱のこもったアスファルトに膝をついてしゃがみ、泣き叫ぶ子どもに目線を合わせる。できるだけ優しい顔を作って「どうした?」とこれまた優しい声を出す。泣いていた子どもは驚きで目を丸くして、泣くのを止めた。
ヒックヒックとしゃくり上げたまま俺を見上げる顔のあまりの可愛さに、早く気づいて良かったと心底思う。こんなに可愛かったら、俺以外のヤツが拐っていたかもしれない。
でも安心してほしい。今から俺はお前を全力で守るから、もう怖いことも悲しいことも辛いことも起きないぞ。俺が母親で父親になる。望むのであれば兄にも姉にも弟にも妹にもなろう。……友人は他人だから嫌だな。妻や夫なら大歓迎だ。どんな関係であれ、家族がいい。一生切れない絆、繋がり、縁。
俺とお前は今から家族になる。
汗と涙で顔に前髪がぐちゃぐちゃに張りついている。可哀想に。俺は優しいのでその細い髪を整えてやった。指先が額に触れると、子どもは一際大きく驚いて飛び跳ねた。ははぁ、子どもってやつは何をしても可愛いんだな。そりゃ世の中の人間どもがこぞって子作りするわけだ。
ついでに汗と涙と鼻水でべちょべちょの顔も拭いてやる。ハンカチもタオルも持っていないから俺のTシャツの裾しかなかったが問題はないだろう。ぐいぐいと顔を拭うが全然キレイにならない。拭いた端から汗が垂れる。子どもは汗っかきだと昔聞いた気がするが、ここまでとは。
「ままぁ……」
「俺がママだぞ。おいで、夏太郎」
自分のシャツの胸元を握りしめた夏太郎が首を横に振る。俺はママじゃないっていうのか? ふざけるなよ。お前のママより立派なママができるというのに。
俺はお前のママと違ってお前を叩かないし、一人にしないし、美味しい飯もたんまりとやる。金なら幸次郎からいくらでもむしり取れるし、家だって離れとはいえ二階建ての一軒家だ。家政婦が定期的にきて家の中はキレイにされているし、料理も洗濯もしてくれる。でもお前が俺の手料理が食べたいというなら考えなくもない。
夏太郎、悪くないだろう? 今すぐあのボロアパートからうちに来るべきだ。いや違うな、もうお前はうちに来る。俺が決めた。こんな酷く暑い日に、クーラーも入れない家の中にお前を一人残すクソアマなんて忘れるべきだ。そうだ、俺だけがお前を幸せにできる。
「夏太郎。ママは俺だ。あの女は帰ってこない。だから、ほら」
両手を広げて夏太郎を迎え入れる準備をした。お前が俺を選ぶんだ。あの女のことなんて忘れろ。俺が今日からお前のママでパパで兄弟姉妹で妻で夫だ。
泣き声を上げた夏太郎が縋るように俺の手を掴んだ。転がるように腕の中に入ってくる。
俺はその小さな体を抱きしめながら「大丈夫だ、夏太郎」と繰り返し呟いた。
大丈夫だ、夏太郎。もう怖いことも悲しいことも辛いことも起きない。俺とお前は家族になった。
安心しろ、俺たちは世界から祝福されている。