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    寄る辺開催おめでとうございます!K暁が末永く続きますように!

    ##K暁

    真ん中バースデーのはなし 3 十月十五日 金曜日

    翌日の講義もゼミもそつなくこなしてそれなりの人数で繁華街へ繰り出す。
    「伊月が参加してくれるなんて珍しいな」
    「まあ家のことも一段落したから」
    渋谷の一件で麻里たちの命が助かった代わりに暁人の知っていた現実と違う現実が生まれ、その齟齬を埋めるのに少々苦労した。といっても事務的なことや法律的なことはほぼ凛子がやってくれて暁人は言われた通りに動けば良かったのでかなり助かった。それに元刑事だけあってKKも色々な事に詳しくて敬服したものだった。
    「今日は教授もいない会だから気楽にやれよ」
    「うん、ありがとう」
    基本的に暁人はアルコールを嗜む程度しか飲まない。そもそも酔いつぶれるまで飲んだことがないので限界を知らないのだが。
    今日も最初に軽いサワーを頼みつつ食事のメニューに手を伸ばす。飲み放題かつ食事も安いのが大衆居酒屋の良いところだ。その様子を見て
    「お前は飲むより食うもんな」
    と一人が笑い
    「そのうち大食いの番組に出てみたらどうだ?」
    ともう一人が言う。
    二人とも暁人が健啖家なのは知ってるししかしそこまででもないことも知っている。けれども今日は笑って
    「振られたら自棄食いにいいかもね」
    と応えると二人以外も
    「伊月好きなヤツいるのか!?」
    と予想以上の反応が返ってきた。
    タイミング良く飲み物が来たのでそれぞれに回す。軽く乾杯をして話が途切れたと暁人は楽観視していたが再び好きな人がいるのかと蒸し返されてしまった。
    「いや、それは例えばだけど……でもオレに好きな人がいたら変?」
    ここ数年周囲にどう見られているか気にする余裕もなかった。恋愛する余裕もなかったのでそう思われても納得できるのだが、これ以上KKに対象外だと思われるのは辛い。
    「いや、変じゃないし普通に応援するけど、今までこういう話に乗ってこなかったから興味ないんだと思ってた」
    一同頷くのでそうなのかと今までの言動を省みつつ確かに今でも女性に性的興味はないかもと考える。
    性的に触ったり触られたいと思うのはむしろ四十を過ぎたいかにも昭和のおじさんで。
    「だ、大丈夫か伊月!? 茹でタコみたいになってんぞ!?」
    「大丈夫……ちょっと酔ったかも」
    不覚にも想像してしまったとは言えるはずもなく、やってきた軟骨唐揚げを口に運ぶ。咀嚼していると少し心が落ち着く。それにきっとそんな日は来ないと考えると頭も冷える。
    「ここ三時間あるからゆったりやろうぜ」
    友人の気遣いに感謝して暁人はそれからとりとめのない会話に参加した。

    二次会のカラオケに誘われたが麻里を理由に遠慮した。心なしか左肩が痛む。
    残念そうな何人かの声にまた今度とにこやかに対応して繁華街とは反対側に歩き出す。と、雑踏からするりと一人の男が暁人の前に立ちはだかった。
    「KK!」
    「よお、偶然だな」
    手帳をしまってこちらに緩く手を上げる様はいつもと変わりない。
    お互いに気づいた以上逃げるわけにもいかず暁人は曖昧に頷いた。
    「二次会はいいのか? 夜はこれからだろ」
    「うん、久しぶりの飲み会で楽しかったけど疲れたし……」
    もしかしたら呼び出しが来るかもしれないと何度かスマホを見たがKKがいるということは暁人は不要だったということだ。
    「僕なんかいなくても変わらないと思うけど」
    「あ? それはねえだろ」
    何故か眉をしかめて否定したKKは周囲を見回して
    「ならアジトに来るか」
    と誘ってきた。アルコールが抜けるのと共に気持ちが落ちている暁人としては帰りたかったが左肩を思い出して今度ははっきりと頷き歩き出す。すぐに追い付いたKKに凛子以外もいるのかと聞くとまた眉をしかめた。
    「今は誰もいねえよ」
    「仕事が終わったらすぐ帰ったの?」
    「は? 今日は休みだよ休み」
    「……じゃあ何でKKはここに?」
    てっきり仕事終わりだと思っていたが違うなら理由が思い付かない。ここはアジトからもKKの家からも距離があるし、KKがわざわざ外で飲むのを見たことがない。
    「……ただの散歩だ」
    もしかしたら誰かに会っていたのかもしれない。前妻か別の女性か。
    黙った暁人を気にする風もなくKKは人気がなくなると飛ぶぞと短く言った。

    最近毎日アジトに来ている。
    昨日の夜とはうってかわって静かで寒さすら感じる部屋のソファの右側にKKがドサリと無遠慮に座った。
    「オマエも座れよ」
    「ああ……うん」
    悩んで少し距離をあけて腰を下ろす。水でも飲むかと問われて首を振る。酔いはとっくに醒めてしまったのに、心臓はバクバクと激しい音を立てている。
    この際、酔ったフリをしてみっともなく泣いて強請って抱いてもらおうか。KKも何だかんだでお人好しなので一度くらいは我慢してくれるかもしれない。
    「……オマエ、死にそうな顔してるぞ」
    「……そうかな」
    「振られたのか?」
    「へあ!?」
    思いもよらぬ言葉に思いもよらぬ声が出る。
    暁人を振ることができるのは目の前の男以外にいないはずだ。
    「だから合コンじゃないって」
    「合コンじゃなくても好きなヤツの一人や二人いてもおかしくないだろ」
    KKの言うことは尤もで、しかし繰り返すが暁人が好きなのは目の前の男なのである。
    「……今日のKK、なんか優しいね」
    敢えて話を逸らすとオレはいつも優しいだろと軽口が返ってくる。安堵してそうだねと受け流す。
    「だから最近のオマエの様子が気になるんだよ」
    「……別に、普通だと思うけど」
    何とか絞り出した言葉は優しくないKKには素直に受け取って貰えない。
    「オレが無関係なら無闇に首突っ込んだりしねえけどな、どう考えても関係あるだろ」
    違うと言ってもKKは信じないだろう。
    昭和の男は頑固だ。
    違う。自分を心配してくれているのだ、と信じたい。
    「あの……さ、けえけえ……」
    「おっ?」
    久しぶりにKKを真正面から見据え、何故か上がった左腕を掴んだ。
    珍しく怯んでいる気がするが気にする余裕は今の暁人にはない。
    覚悟を決める時が来たのだ。
    「KKの身体を僕に貸して!」
    「…………はあ!?」
    若い暁人はまだアルコールにも状況にも酔っていることを自覚していなかった。

    指先は特に煙草のにおいがする。深爪気味の平べったい爪は固いが形は悪くない。節くれだった指は器用に印を結び、血管の浮き出る手の甲は血液と共にエーテルが流れて綺麗だ。時折暁人を労る掌は温かく優しい。
    腕は太くはないが無駄な脂肪もなく筋肉質だ。意外と腕毛と脛毛は濃くはない。髭は文字通り無精なのだろう。
    肩は日本人らしく撫で肩気味だががっしりしている。首も太い。昭和の男らしい骨太だ。その割に背も低くないのだからずるいと思う。心臓の音を確かめるときが一番安心する。今日は耳を直接当てて聞く。心なしか脈拍が少し早い気がする。やはり食生活は気にかけるべきだろう。胸筋は暁人の方があるが体幹はしっかりしている。警察学校で武道を一通りやったと言っているし、肉弾戦も強い。腹も中年太りとは無縁でシックスパックとまではいかないが撫でると腹筋の形がわかる。太股も現場を走り回るせいで固い。暁人の肉感とはまた違う、長年培った産物だ。体重もそう変わらないが暁人が膝の上に乗っても耐えられるだろう。幸いにも水虫のない足は親指が長いタイプで土踏まずもしっかりとある。爪はやはり硬くて平べったい。
    「……お暁人君よ」
    何故か天井を見上げてブツブツ呟いていたKKが前のめりになって、床に移動してKKの足の指の形を確かめていた暁人を睨み付ける。
    「なに?」
    「オマエ、これがしたかったのか?」
    「ちょっと違うけど、今いい感じだから」
    左肩はすっかり軽くなって気分もいい。
    同じ触れているでも昨日までと何が違うのかさっぱりわからないが、改めて取り戻したKKの身体を確かめるというのはあの晩の頑張りが報われたようで嬉しい。
    できれば健康で長生きしてほしい。二十の年の差は変えようがなく、寿命は誰にでも訪れるけれどもできるだけ長く相棒として生きられたら幸せだと思う。
    「オマエがいいならいいけどよ……」
    何かを諦めたのかまた天を仰いでKKは独り言のように
    「オレから離れたかったんじゃねえのか」
    と呟いたので暁人は驚いた。
    理由を問えば最近の挙動のおかしさやアジトに来なくなると言ったことや黙って飲み会に行ったことなどを挙げられる。
    「それはKKが普通の生活を優先しろって言うから……僕のことをガキ扱いするし……そりゃあKKからすれば未熟なのは合ってるけど、でももうすぐ社会人にもなるし」
    「それは……オマエのために言ってんだよ」
    「はあ!? そういうのは良くないってあの夜に反省したんじゃなかったの!?」
    自分勝手な言い分に苛立ちを覚える。
    しかしKKは暁人に足を掴まれたままそれとこれとは別だと険しい顔で言い放った。
    「なにそれ!? 相棒って呼んでくれたクセに!」
    その言葉を頼りに淡い恋心を切り捨てたかったのに、やはりそれすらも奪い去ろうとするのか。
    憤る暁人に唐突にKKが言い放つ。
    「相棒じゃ足りねえって言ったらどうする?」
    「……は?」
    その言葉があまりにも予想外で、その上あまりにも暁人にとって都合が良くて、KKを見上げながらぽかんと口を開けてしまった。
    「大体、オマエが悪い。 オレが適切な距離を保とうとしてんのにベタベタしてきやがってオレにも理性の限界ってモンがあるんだぞ!」
    今だってオレの脚の間で見上げてきて云々とぶつくさ言っているが暁人の耳には届かない。
    「なにそれ……僕、素直だから自惚れるよ?」
    「どこが素直だ……勝手に自惚れろよ」
    後半の言葉で明後日の方向を見る辺りKKも素直ではないと思うがそれを指摘する余裕はまだ暁人にはない。
    だってKKが言っているのはまるで。
    「……僕、男だよ」
    「あの晩の時点で誰よりも知ってる」
    「僕はてっきり……KKに必要とされてないんじゃないかって思って……」
    「必要過ぎて依存しかけてんだよ……戦闘も掃除も飯も」
    「前にも言ったけど僕は多少の家事は苦じゃないし、僕もKKを頼りにしてたつもりだけど」
    「オマエこそいいのかこんな四十過ぎのバツイチのおっさんで」
    「いいも何も僕はあの晩からずっとKK以外──!?」
    一瞬で視界が引っくり返る。ソファに引き上げられたのだと天井を見て理解するとすぐにほとんどがKKに取って代わる。その表情は今まで見たことがない真剣で切羽詰まった男のものだった。
    今までとは違う胸の高鳴りはどこか心地好くて、暁人は両腕を伸ばして視界の全部をKKにした。
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