ずっと、傍で。仲間が増えた賑やかな地獄。
その中では、いつもの光景があった。
天使に難癖をつけるシモベの姿に、周りの女子たちがギャーギャーと騒ぎ始める。
いつもの光景、いつものやりとり。それをたまたま通りがかった主は、無言で通り過ぎる。─そう、いつもは。
「……」
まだ止めるほどヒートアップしていた訳では無い。だが主はシモベへ近付く。
「フェンリッヒ」
「閣下?どうされ─」
何故か徐に頭を撫で始めたのだ。
親が子供にやるような優しいものではなく、少し乱暴だ。だが身長差を考えるとそうなるものかもしれない。
突然のことに固まっていたフェンリッヒも、我に返る。
「ヴァル様!?何をなさって─」
「動くな」
「は、はぁ…?」
意図はわからない。だが、主が動くなと言えば動けない。
突如始まったことに、その場にいる誰もが無言になった。
同時にフェンリッヒのいたたまれない気持ちが膨れ上がってゆく。
「フェンリッヒ」
「は、はい」
「俺はどこにも行かんぞ」
「……!!」
「仲間が増えても、お前と俺は変わらん。これまでもこれからも、変わらず共にいるであろう。そう誓ったではないか」
「そ、そうですが…それとこの行動になんの関係が?」
「ふむ。行動でも示している、とでも言っておこうか」
「…?」
分からない。主の行動が。
困惑したフェンリッヒは一瞬抵抗の意すらも忘れてしまう。が、状況が変わった訳では無いのだ。
「……そろそろ放して頂いてよろしいですか」
「まぁ、そう言うな。もう少し撫でさせろ」
「……」
「嫌か?」
「…わたくしは、もういい大人ですよ」
口ぶりは嫌がるような言葉を吐くが、その尻尾は嬉しさを伝えるように左右に揺れている。それを見たヴァルバトーゼは満足そうに微笑む。
「フフ、そうかそうか」
「何がおかしいので?」
「お前のそういう、いじらしい所は飽きぬ」
「というか、このような場所で、やめて頂きたいだけなのですが」
「なるほど。こういう場所でなければ良いのか?」
「ヴァル様」
「ククッ、冗談だ」
恥ずかしいのか、頬を染めながら凄んでくるシモベに笑みが零れる。
そこでようやく、ヴァルバトーゼはその手を放した。乱暴に撫でられていた髪はそこだけがぐしゃぐしゃだ。
「…まぁ、お前がその気なら、俺とてやぶさかでは無いが?」
「っ!」
「で、どうなのだ?」
「……我が主の御心のままに」
「お前らしい返答だ。…では、また後でな」
見惚れるような美しい微笑みを浮かべ、フワリとマントを翻しながらヴァルバトーゼが歩いていく。
「…たまーに、ヴァルっちってキレーな顔するわよね」
「デスコでもドキッとしちゃいそうなのデス」
そのような笑みを向けられる相手、という意味をまだ幼いふたりは知らぬらしい。
(あのお方は…本当に心臓に悪い…!!)
いつも掻き回す側の人狼が、主相手にはペースを持っていかれる。
主に乱された部分の髪をさらにぐしゃぐしゃに掻き回して、フェンリッヒはそのまま何を言う気力もないまま歩いていった。
「…改めてすごいわねぇ、ヴァルっちは。あのフェンリっちを制御しちゃうんだし」
「どっちかというと、手綱を握ってるのはフェンリっちさんかと思っていたデスが、こう見てるとどっちもどっちっぽいのデス」
「フフ、いいじゃありませんか?面白いことには変わりありませんもの」
「…ま、そうね!」
「あのフェンリっちさんが赤くなるなんてめちゃくちゃレアなのデス!」
しばらく、フェンリッヒはそのことでフーカたちにイジられていた。
それにムキになったシモベの背を眺め、ククッと喉の奥で笑いを噛み締める主の姿が、しばらく見られていた─らしい。
終わり