「そこまでの護衛は必要ないと言っているだろう?」
ことの始まりはドクターの私室が爆破されたことだった。護衛として同行していたOutcastの機敏な判断によって怪我ひとつなく済み犯人の特定から再発防止策の策定までは速やかに終わったものの、このバベルという組織の重要人物の命が狙われたことは間違いようのない事実である。そこでクロージャによって”もっと頑丈なセキュリティ”の部屋が用意されるまで、ドクターには護衛がつくことになった。だが、
「仮眠室があるのは執務室の隣で、このフロアには二十四時間態勢で見回りを行っている。なのにどうして寝ている最中にまで護衛を貼りつかせていなければならないんだ?」
「アンタの部屋があるフロアだって、人の出入りは十分に多い場所だった。一度目は失敗したのだから、次のやり方はもっと巧妙になるに決まっているだろう」
珍しくドクター相手に一歩も引く様子を見せないのはScoutだった。常ならば阿吽の呼吸どころか言葉すら不要なほどにその意思に沿って見せる男が、しかし今回は頑として主張を譲る気配すら見せていない。
「そんなことに貴重な人手を割けるか。第一オペレーターに何といえばいいんだ。戦場のど真ん中でもないのに私がぐうすか寝ている横で寝ずの番をしろと?」
「命じられたら泣いて喜ぶ連中の名前を今すぐに十人は挙げられるが」
「それは嫌すぎて泣き叫んでいるだけだろう。万年人手不足のバベルにそんな人員の余裕はない」
「あれは何をやっているの?」
「痴話喧嘩」
「あらまあ」
通りかかったカズデルの伝説の大英雄は目を丸くしたが、言い争いの内容に耳を傾けるとにこやかに挙手をした。
「ならドクター、良い案があるのだけれど、私の部屋で一緒に眠るというのはどう? 私なら元々ずっと護衛がついているし、ベッドも充分に広いわ」
「テレジア、どうしてそれが良い案だと思った。頼むから私の命を狙う刺客が増えるような発言は冗談でもやめてくれ」
あらそう残念、と微笑む彼女の目は本気だったが、それを指摘できるほどの胆力の持ち主はこの場にはひとりも存在しなかったので曖昧な空気でスルーされた。
そして両者の言い争いは歯止めなくエスカレートし、エスカレートした口論はだいたいそうなるように話題がドクターの日頃の生活態度の劣悪さなど関係ない方面へと発展し、飽きたギャラリーが賭けすら放棄して雑談に興じ始めた頃合いに至って、とうとうドクターの忍耐が限界を迎えた。
「もういい、そこまで言うのなら護衛には君を指名する。今日から君の部屋で寝泊まりするから好きなだけ護衛の任につくといい。はは、プライベートの時間まで上司に侵略されるなんていう最悪の……」
「わかった。なんだ、そんなことでいいのか」
「…………は?」
「承知した。そんな条件で良かったのなら最初から言ってくれれば良かったんだ」
「は? あのな、私は君の睡眠をめいっぱい邪魔してやるって言ってるんだぞ」
「その程度、アンタの身の安全には代えられんよ」
「待て待て待て、心が広すぎる。そもそも最初はそんな話じゃなかったはずで」
「おーい、終わったかー」
「もう、ドクターったら私は駄目でScoutならいいっていうの?」
「話の流れがおかしい! どうして私の護衛の話がそんな謎の二択になっているんだ」
ドクターが勝手に墓穴を掘っている間に細々とした取り決めの内容が決まり、そうして互いに無自覚な両片思い同士の期間限定同棲が確定したのであった。