Make us who we are 彼の角が折れたときのことは、いまでも鮮明に思い出せる。
頭上に角を持つ種族には大まかに二種類あって、一生ずっと角が伸び続けるタイプと、ある程度の年齢で止まるタイプだ。サルカズは後者で、だからエンカクの角はおおよそ成長期が終わるころにはあの長さだったらしい。
「いちいち長さなど計測してはいないが、今の身長になったのとほぼ同じくらいだったはずだ」
右側に一本の大角、左側に二本の小角。左右非対称なのは珍しいとうっかりこぼせば、そんなのは傭兵の中にはごまんといたと鼻で笑われた。
「栄養状態が悪く短いままの奴もいれば、戦闘中に折れる者もいる。珍しいものではない」
「じゃあもうこっちのは一生伸びないのか。ふふ、かわいいなぁ」
向かい合って寝転んでいるから、いつもより彼の顔が近い。一緒の毛布に包まれていつもより顔も体も近くにあるというのがまたいい。彼の熱を分けてもらった体はぽかぽかと心地よい眠りへの入り口に立っており、まどろみのままに触れた彼の角はいつも通りつるりと私の肌を拒絶した。
「やっぱり砕けた破片だけでもいいから何とかして拾ってこればよかった」
「そんなことが可能な状況なら角など折っていない」
「まあそうなんだけど」
苛烈な彼はもしものイフを空想することすら許してはくれない。いつだって彼の前にあるのは彼自身による選択の結果で、そこにふわふわとした夢想が入り込む隙など一ミリも存在しない。だからこそ私は安心して彼の前に立てるのだけれど。
「あの頃の俺の未熟さの代償だ」
「今なら勝てる?」
「あぁ」
短いそのひとことのために、彼がどれだけの時間と労力を費やしたのかを私は知っている。血のにじむような、という言い回しがまったく比喩ですらなかったことも、少しずつ変わっていった彼の愛刀の形も、何もかもを私は思い出せる。
「手が冷えるぞ。また熱を出して倒れたいのか?」
何かを言う前に、有無を言わさず私の手は彼の額から外されてしまった。残念だけれど、抵抗しないように彼が私の手を握ったままでいてくれているから良しとしよう。
「君の手はあったかいなぁ」
「お前の手が冷えているんだ」
それ見たことか、といわんばかりの嘆息に無性におかしさがこみ上げてしまって、彼の胸元にもぐりこんだままくつくつと笑ってしまったら、仕返しのようにがぶりと耳朶に歯を立てられた。ああ、これ歯型残ってる。仕事中はフードかぶってるからバレないとはいえ、うん? バレてもいいのか。まあみんなにはとっくに知られている関係なわけだし。もう、と見上げればしてやったりと言わんばかりの彼の眼差しがあまりにも柔らかかったものだから、たまらなくなった私は彼の本日最後の呼吸を奪うべく勢いよく背伸びをしたのだった。