簡易宿舎の裏手でのうのうと煙草をふかしている血まみれの姿を見つけたときの私の感想を三十文字以内で答えよ。(配点:十五点)
「ちゃんと医療班のところに行ってれば、私みたいな素人の簡易手当なんか受けなくて済んだのに」
「頼んでいない」
私の天幕に引きずり込んだときには素直に着いてきたくせに、いざ応急手当キットを起動し始めると途端にそっぽを向く。さすがに呆れ果てた私はエンカクの傷口の上にばしゃんと乱暴に消毒液をぶっかけた。だって酷くない? 戦場指揮が一段落して後処理をスタッフにきちんと引き継いでから慌てて駆け込んだ医療班の天幕に、本日一番の大金星を上げた刀術士の姿を見つけられなかったときの焦燥感。もともと彼は自身の体について無頓着なところがあって、通常の健診すらサボろうとするのでしょっちゅうお前が何とかしろと医療部から私が怒られる羽目になっている。言って聞くような男なら私だってこんなに苦労してないんだよ、まったく。私の素人に毛すら生えていない乱暴な手つきの処置に、しかし彼は無感動な眼差しを向けただけで眉ひとつ動かすことはなかった。見てる私のほうが痛いほどの傷はキットの放つほのかなアーツの光に照らされ、端末の表示はぶっちぎりの赤から黄色にまでじわじわと回復していく。効果時間をフルに使い切って停止した装置を下ろしていくつかの項目をチェックしてから、ようやく私は安堵のため息をつくことができたのだった。
「包帯巻くから、って急に動かすなってば」
「お前が巻くよりはマシだ。寄越せ」
ええ、はい、その通りだろうけどさ。いちおうこれでも講習は受けてるんだけどいまいち上達しないんだよなあ。
「次からはちゃんと治療を受けてくれ。今日みたいにこれで間に合う傷とも限らないんだし」
「こんなものかすり傷だ。深手を負えば処置は受ける」
「毎回ちゃんと受けてくれ。これでも結構探して走り回ったんだけど」
「そもそも頼んでいない」
その! 通り! なんだけど! 私ここで地団駄踏んでも許されると思う。でもやらないのには理由があるからだ。
「こんなけが人に構っている暇があったら仕事に戻れ」
「残念ながらきちんと終わらせてきましたー。私は優秀なので」
「そうだな」
素直に肯定されると反応に困る。まあ私にできる唯一のことなので、その範囲であればお仕事はこなすよ。だいたい私の手に余るような事態しか起こらないけど。巻き終わった包帯の残りを渡されて、パッケージの所定の位置に仕舞いこむ。あとで返しに行かないといけないけど、その前にこの頑固な男だ。
「これから何度だって私は探すよ」
「何度も言っただろう、頼んでいないと」
「頼まれなくてもやるよ。だって私、セックスしたいもの」
「は?」
煙草を取り出しかけた手を止めて、エンカクは思わずといった表情で振り向いた。そもそも吸おうとするなよ、ここ私の天幕なんだぞ。
「ケルシーからドクターストップかかってるんだよ、感染者の怪我人との性行為。だから君がきちんと治療終わらないとセックスできないわけ」
そもそも普段の行為ですらギリギリ見逃してもらってるようなものなので、さすがに最中に警備部に踏み込まれるのは私だって勘弁願いたい。ということをつらつらと説明していると、目の前の彼の顔は苦虫を噛み潰した上に変な汁が出てきたかのような表情になった。
「君に露出とか第三者に見られる趣味があるというのなら頑張るけど、残念ながら私にはないんだよね」
「あるわけがないだろう、それ以上口を開くな」
「なら塞いでくれよ。うん、処置も一通り終わったからそろそろセーフ判定だと思うんだよね多分」
さらに名状しがたい表情になった彼はしかし私が喋るのがそんなにも嫌だったらしく、包帯を巻き終えたばかりの腕でガッと私の首を掴むと、たっぷりと私から言葉と呼吸を奪ってくれたのだった。