すくすく元気 うーん、と何やら書類とこちらを何度も視線を往復させた後、男はフード頭をかしげてひとこと言った。
「君、ひょっとして育った?」
「は?」
「これさ、君の入職時の証明写真なんだけど」
「おい何故そんなものを持っている」
「人事は私の管轄だもの。で、やっぱり育ってない? 筋肉」
職権濫用も甚だしいが、この男については言うだけ無駄だろう。記憶喪失だと言い張るわりに妙に法の穴のすり抜け方に詳しい男は、指先だけでこちらを呼んだが、エンカクは当然のように無視した。だがその程度でめげることはない男は、どうやらエンカクが写っているらしい写真を眺めながら、腕の太さがどうの肩がどうのとうんうん唸っている。それがあまりにも面倒になったエンカクは、深いため息をつきながら、投げやりに答えてやった。
「ここは寝ていても三食が保障されるからな」
傭兵稼業は基本的に自給自足である。町の近くであるならばまだいいが、傭兵のような使い捨ての命が活躍できる場所など限られていて、小さな水のボトルひとつで殺人が起きることさえ日常茶飯事の世界である。いくらサルカズの肉体が比較的頑健であるとはいえ、飲まず食わずで生きられるほど人間離れはしていない。それでもおのれは運が良かったほうではあったのだろう。自力で食料調達ができる年齢まで生き延びられた子供は少なく、成人を迎えるまでに見知った顔はほぼ消えた。カズデルではよくある世間話でしかないが、ロドスというこの陸上艦とは少々異なる環境ではあるだろう。
「そういうことか。うん、エンカク、ちょっと検査受け直してきてくれるかな」
「断る」
「あーあー、そっちの検査じゃなくて、いやそっちのもちゃんと受けては欲しいんだけど、体力検査のほう。君の武器を定期整備してる工房から苦情が来てるんだよ、数値が合わないって」
「なに?」
「握力とか、刀を振る速度とか、多分もろもろ上がってしまってるんだと思うよ。彼らの手元には入職時のデータしかないから、それに合わせて調整するしかないんだけど、どうも戻って来る武器の損耗箇所がおかしいって私のほうに来てて」
「俺のほうには来ていないが」
「私が怒られたんだよ、無茶な作戦に出してないかって。いやあおっかなかった」
大げさに肩をすくめてみせる男に、エンカクはふん、と鼻を鳴らす。触れた大小の刀はいつも通りと変わらず手に馴染むものの、過剰な負荷をかけるのはすなわち寿命に直結する。おのれを武器と見るエンカクにとっては無視できぬ言葉だった。
「そういうことなら、近く正式に担当者から書類が届くと思うから協力してあげて。というのもおかしいか、君の武器のことだものね」
「いいだろう。話はそれだけか?」
「この後時間あったらでいいんだけど、次の会議室まで護衛頼める? グラベル急用が入っちゃって」
エンカクが小さく頷けば、ほっとした様子で男は書類をまとめ始める。そしてほどなくして男のゆっくりとした歩調に合わせて歩みを進めていると、ぽつりと小さな呟きが聞こえた。
「君のことはしょっちゅう見てるのに、なかなか変化には気付かないものだね」
「お前はたいして変わらないな」
「私も育ってますー! 体重も少しは増えたからね」
「一、二キロは誤差の範囲だぞ」
「もーなんてこと言うの。確かにこの前の検診はめいっぱい水がぶ飲みしてから行ったけど」
そういう姑息なことをするから怒られるんだろうに、よたよたと頼りなく歩く男はまったく反省の色を見せる様子がない。せっかくのこんなにも恵まれた環境だというのにまったく勿体のないことである。
だから、遅刻する! と時計を確認するなりいきなり言い出し駆け出し転びかけた男にため息をこぼしつつ、エンカクはその恵まれた腕力で軽すぎる体躯を抱え上げてやったのだった。