ドクターTETSUラブリーキャットフレーメン反応部 ドクターTETSUが住み処に戻ると、玄関の上がり口に黒猫が待っていた。
「おう。大人しくしてたか相棒」
ブーツを脱いで、ドクターTETSUは黒猫に声を掛ける。黒猫は抱き上げようとする手のあいだをぬるりと抜けて、ドクターTETSUのブーツに歩み寄った。
「あッお前ェまた!」
黒猫は一度ブーツに顔を突っ込むと、顔を上げて口を半開きにし、目を見開いた。ドクターTETSUがいくら止めても、この黒猫は脱ぎたてブーツの中を嗅いではこの顔をする。
ショックを受けているような、独特の顔。この顔は猫の生理現象であって、けして黒猫がブーツのにおいに精神的ダメージを受けているわけではない、はずだ。
放っておくと前脚でブーツを抱えてさらに嗅ぎに行くので、ブーツを脱いだらまずは黒猫をブーツから引き剥がすのが、ドクターTETSUの帰宅ルーティーンだ。
なにが面白いんだ、と思って自身でも嗅いでみたことがあるのは、ドクターTETSUだけの秘密である。このときドクターTETSUはちょっとした精神的ダメージを負った。
(ヒトはフレーメン反応を起こさねェはずだが、それでもあの顔にはなるんだな……)
――というのが得られた知見である。
「こら、離せ、オレのブーツだぞ」
ドクターTETSUが黒猫とブーツを奪い合っているところへ、奥の部屋から譲介が現れた。
「お帰りなさい。ふふ、またブーツ取り合ってる」
「嗅ぐの止めねェんだ、こいつ」
「飼い主のにおいを嗅ぎたがるのは家族を認識するため、と聞きますよ」
そう言うと譲介はドクターTETSUの背中に顔を押し当てた。
「何だ?」
「家族を認識しています」
足元では黒猫がドクターTETSUのつま先を嗅いでいる。
(猫が二匹居るみてェだな……)
一人と一匹に嗅がれながらふと思う。
(オレはそんなににおうのか?)
ドクターTETSUは新たな精神的ダメージを彼らに悟られないように、平静を装ったまま嗅がれ続けるのだった。