一か月間の恋「どうしよう…」
自宅のリビングで机に突っ伏しながら灰原は頭を悩ませる。視線の先には先日バレンタインにもらった十一本のバラがあった。
「なにが?」
夕食直前なのでリビングには家族全員勢ぞろいしていた。向かいに座った妹は灰原の頭を指で突きながら問いかける。
「お返しどうしようかと思って…」
バレンタインの贈り物に何を返せばいいのか。ホワイトデーまであと一か月。前世と違って収入がない現役高校生には知恵もお金もひらめきもなかった。
「七海さん宛でしょ?お兄ちゃんがあげるものなら飴でも喜ぶと思うけど。…そんなに悩むなら頭にリボン巻いて『プレゼントは僕!』でもやってきたら?」
「そんな手抜きはしたくない」
「あらあら」
妹の提案を退けると台所にいた母親がころころと笑いだす。外野はいいよなと自棄になって呟いた。
「ホワイトデーまでだけでもできるバイトないかな…」
「あるよ」
それまで無言だった父親の声が室内に響いた。
***
「覚醒神国のバイト?」
「確定申告な」
後日、七海の部屋にて。招かれた虎杖と猪野は部屋の主のパートナーの不在に疑問を呈していた。
「雄はお義父様の紹介で、放課後と土日は確定申告関係のアルバイトに行っているんです」
「へえ…」
だから『遊びに来ませんか?』と誘われたのか、としょんぼりした様子で声をかけてきた七海の姿に納得した。
「一か月も雄との時間が減るだなんて…」
「学校で会えるじゃん」
「それだけで足りるわけないでしょう」
毒づく七海の姿を見た二人は残業が嫌いだと公言していた前世の彼を思い出していた。
***
「…多分というか確実にですけど、灰原さんが働きだしたのってバレンタインのお返しのためですよね?」
「気にしなくていいと言ったのに聞かなかったんですよ…」
うなだれる七海に二人は手を止める。
「七海サンがバラなんて凝ったものを渡すからですよ」
「そうそう。どうしても花束渡したいならせめて人のいないところで渡せばよかったのに」
「それじゃあ意味ないでしょう」
七海はふん!と胸を張る。
「あれは人前式も兼ねてるんですから」
うわ、と思わず声が出た。
「おっもい」
「七海サン情熱的ですね」
「褒めても何も出ませんよ」
「「褒めてない(です)(よ)」」
二人の声が重なる。
「…まあ、ホワイトデーを楽しみにしておけばいいんじゃない?」
「この一か月の埋め合わせになるような物が存在するんでしょうか…」
***
一か月後、どや顔でお返しを見せつけてくる七海に胸を撫で下ろす二人であった。