15歳夏「好きです、今度こそ私と一生を添い遂げてください」
後ろから呼ばれて振り返ると両手を掴まれた。他校の生徒だ。金髪緑眼という派手な見た目だが制服は着崩していない。射貫くような目が印象的だった。
「灰原、また喧嘩か」
「は?」
「うん、先に行っててー」
「やられるなよー!」
「もちろん」
一緒にいた友人たちが離れたことを確認して目の前の男と向き直る。その顔には先ほどとは違い困惑が滲み出ていた。
「喧嘩とは?」
「え?違うの?」
「なにが?」
「『好きです』って言うのは、僕に喧嘩を申し込む時の決まり文句なんだけど」
***
その後、眉間の皺が深くなった彼に引っ張られて近くの公園の長椅子に並んで腰掛けた。
「で、どうやったら告白から喧嘩に発展するんだ?」
「んー、どこから説明しようか。えっと、まず僕ゲイなんだよね」
「は?」
「だからどんな奴がタイプかって揶揄われて、説明が面倒だから僕より強い人って簡潔に答えたらカモだと思われたのか喧嘩を売られるようになって、全員倒してたら告白が喧嘩か決闘の申し込み文句みたいになってたんだ」
「………」
この辺で強い奴がそんな理由で喧嘩しているのってどうかと思うよね、うん。
「…か」
「なに?」
「きみの、その好みとやらを教えてもらえるか」
***
嫌だよ、初対面の相手に失礼だよと断ると、告白してきた相手を喧嘩を売ってきた野郎だと勘違いしたほうが失礼だと反論され、あれ本気だったんだと驚いてしまった。
「んーとね、平たくいえばサラリーマン?なのかな?」
「は?」
***
ぼんやりと、夢を見ることがある。そこにいる自分はいつも子供で、見つめている相手はいつも同じ人―――大人だった。その大人はスーツ姿の体格のいい男で、いつもこちらに背を向けている。その向こうには彼を慕う人間が多いのか、いつも違う人と話している。こちらの視線には一切気がつかないし、声をかける勇気も自分にはない。だけどもし、こちらを振り向いてくれるなら。その胸に飛び込んで抱きしめて欲しいなと思いながら目が覚めるのだ。
***
「だから、僕の好みは背広の似合う成人男性ってところかな」
「話の強い人というのは?」
「背中に刃物を仕込んでいたこともあったから強そうだと思って」
成長期を迎えてから改めて考えてみると、あの人は普通のサラリーマンにしては筋肉がありすぎるし、何かしら鍛えていると思う。背中の武器も僕の語彙力では表現しきれない形状の刃物だったから、もしかしたら裏稼業の人かもしれない。
「だから喧嘩じゃなくて本気の告白だったとしてもお断りだよ。君、好みじゃないもん」
目の前の彼は灰原より背が高く、かといって細身ではないが筋肉という単語とも無縁そうである。気難しそうな顔もよく見ると綺麗な造詣で、理想に感じている男臭さは全くなかった。
「今は筋肉が付きにくい時期なんだ。あと10年待ってもらえれば理想通りになるよ」
彼は怯むことなく、むしろ少し嬉しそうな顔をして提案してくる。
「10年って…気の長い話だね…」
「…君の好みがそもそもそのくらいより年上だろうに」
今僕は中学三年生。年数をざっと計算して確かに、と思った。
「それで、喧嘩とやらの勝利条件は?」
「えっと…相手を気絶させるか、まいったって言わせるか、かな。今までのかんじだと」
急に話が変わるなと思いながら答えると、ずいと顔が近づいてきた。
「では」
首元に痛みを感じ、意識を手放した。
***
目を覚ますと、視界に入ってきたのはきれいな夕暮れと金髪の少年の顔。
「起きたか?」
柔らかにほほ笑む顔に思わず見惚れて膝枕をされているという状況を認識するのに時間がかかった。
「何時!?」
起き上がりポケットからスマホを取り出す。よかった、まだ一時間くらいしか経ってない。
胸を撫で下ろすと腰に手が回ってきた。
「それで私が勝ったわけだが」
「え?ああ、僕が気絶したもんね」
「ああ」
だから告白は受け入れてもらっていいな?と言葉が続いて思わず目を見張った。
「…は?」
「私はきみに好きだと告白した。きみは自分より強い男がタイプだと答えた。そして私は勝って好みのタイプだと証明した。こうなったら了承してもらう他ないよな」
「極論じゃない?」
「大丈夫ですよ、あなた好みに成長して見せますから」
彼は勝利を確信したように不敵に笑った。
***
あれから10年か、と灰原はふと思った。
一緒に住む恋人はベッドに横たわり観察する灰原に気づかず身支度を整えていく。ジャケットを羽織り皺を整えていた所で目が合った。
「どうした?」
「いや…」
納得いかないと思って。と答えると恋人は「なにが?」と手を止め隣に腰かけた。
「理想が服着て立ってるなって」
昔から夢見てた姿がそこにある。しかも、背中ではなくこちらを向いて。悔しさに口をとがらせていたが、やわらかい笑みを浮かべた彼の顔が降りてきて唇をふさがれた。
「最初に会った時に言っただろう。君好みに成長するって」
服が皺になるのも気にせず抱きしめてくれる。そのことが嬉しくて灰原は相手の背中に腕を回した。