カルボナーラ大食漢だけど、食に興味のない、そこに有るものを食べる。そんなイメージだったのに、うちに遊びに来た薫はうちの母さんの手料理を目の前に瞳をキラキラと輝かせて、それはもうめちゃくちゃ美味そうに次々と口にほおばった。
「そんなに美味かった?」
昼休み、パンをかじるつまらなさそうな表情の薫に聞く。その言葉には少し羨ましいという気持ちが入っていた。薫をあんな顔にさせられるなんて滅多にない。それこそ、スケートボード位。だからなんとなく、俺も料理を作ったらあんな顔してくれるのかなと思ってた。
「いつもコンビニ弁当とか、総菜とか、そんなのばっかだから。人が作ってくれたの美味そうだなって思って。めっちゃ美味かったし。人と食べるの久しぶりで、なんかよかった。」
薫の両親は共働きで、それに加えてめちゃめちゃ忙しい。まさかそんなにとは思ってなかったけど。
「…あのさ、またいつでも食いに来いよ」
理由を話してくれたその顔が些か寂しそうに見えて、心の声が勝手に声になって漏れ出ていく。薫はきょとんと驚いた様な顔をしていたけど、しばらくして、くくっと笑う。
「お前が作るわけじゃねーだろ」
「まぁ、そ、そうなんだけど…」
「うん、でも…まぁ、ありがとな」
そう言った顔は少しだけ晴れ晴れとしていて、薫にはやっぱりそう言う顔の方がよく似合うなと思った。
それから、何カ月もたったある日。寒空の下、薫が家の前に座り込んでいるのを見つけて慌てて駆け寄った。
「親父と喧嘩した。泊めて」
その理由が稀にあるいつもの理由でホッとしたけれど。
「今日母さんいないんだよな…飯が…」
「別に飯目当てじゃねぇよ…」
そうやって言われても泊まるなら、何か食べたいだろうに。
「俺…パスタゆでて食おうと思ってたけど…それでもいい?」
そう聞くと小さく頷くのと同時に小さな腹の虫が鳴る。シンと静まっていた空気にその音が響き思わず笑ってしまう。薫も恥ずかしそうに頬を染め、唇を小さく尖らせている。
「…早く入ろうぜ」
じっとしたままの薫の手を握ると驚くほど冷えていて。すぐに風呂を沸かして押し込んだ。メールでも、電話でもいい。早く呼びつけてくれればいいのに。こういう時の彼は寂然としていて、傷付かない様に顔色を注意深く窺う。それが少し寂しい。気にせず頼ってくれたらいいのに。ぐつぐつと煮える鍋をみつめながら、そんな事を考える。どうにか力になりたいと。せめてもう少し素直に甘えてくれたら。
「…虎次郎?…大丈夫か…それ」
風呂から上がった薫がタオルで髪を乾かしながら、首を傾げる。それと指刺された先には、鍋から湯が吹きこぼれていて。掛けたはずのタイマーは一つも動かずに、そこに置いたままになっていて。鍋の中で踊るパスタの麺は見た事も無い位膨らんでいた。
「……すまん」
ゆですぎた麺に、レトルトのカルボナーラソース。お世辞にも美味しいとは言えないだろう。けど、他に食べさせてやれそうなものもない。それでも薫は文句も言わず「頂きます」とパスタを啜る。
「ん、うまいよ」
「んなわけねーだろ、無理すんなよ」
「うまいって、本当に」
そう言ってペロリとそれを食べきってしまう。一緒に出したお茶をゴクッと飲んで、顔を上げる。その顔は玄関先で見せた淋しそうな辛そうな表情ではなくて、いつかみた幸せそうなキラキラとした顔だった。こんな茹でただけの失敗した料理でも、そんな風に笑ってくれるなら。もっと上手に料理が出来たら次はもっと美味しいって、もっと幸せそうな顔が見られるのだろうか。困った時に、飯を理由に頼ってきてくれるだろうか。
「虎次郎、くわねーの?」
皿に残ったパスタを指さし、薫がじーっとこちらを見ていた。
「…薫食べる?」なんて冗談で言ったら「良いから早く食えよ」と笑う。
「んで、食ったら滑りに行こうぜ」
こうやって、一緒に居るだけでも本当は嬉しいんだけど。もっと甘えて欲しいと思うのは俺のエゴだろうか。