特殊設定れめさめ。(医局にて。昼間)「めぼしい初動捜査の情報はなし……ってところだな」
叶がそう言うと、「遺憾だがそのようだな」と村雨も頷いた。叶も昨日は弥生の末日だったからか、ロクな人材残ってなかったな、と捜査班の遅さにため息が出た。
「……ここでこうして気を揉んでいても仕方ない、か。叶、出かけるぞ。腹が減った、やはり饅頭だけでは足りなかった」
「いいよ」
書類を元の場所に戻すと、ため息一つ。村雨は気分を変えるように言った。
「大通りの牛鍋屋に行く。あなた、肉は食べられるか?」
「まぁ、食べられるけど……?」
叶は見ていて疑問だった。村雨のこの細い体のどこに牛肉をがつがつ食べる胃があるのだろうと。そうじゃなければ、体の糖はすべて脳が消費してそれで活動している燃費が悪いことこの上ない構造と言われなければ、説明がつかない。普段が不眠不休で食事をちょっと一食二食抜いてしまっても通常運転の叶の体も、大概人が心配する燃費ではあったが。
「ならいい。付き合え。持ち合わせは?」
「普段から大して使ってないから心配してもらわなくても大丈夫だぞ。給料日前でもかつかつになることそんなにないし」
「まぁここ、金払いだけはいいんだがな」
「そこに関しては否定しない。能力が求められるが、慣れれば楽な職場だ」
「同感だ。私からしたら人を治して切って金ももらえる、理想的な職場だな」
「礼二君はもっと忙しいかと思ったけど」
「研修医時代はな。肩書きを貰ってからはむしろ仕事が減って不満だ。こっちの気を惹くような症例も中々来ないし」
「でも礼二君、肩書きついたら精霊の怪我とかまわってきたんだろう? 十分珍しいと思うが?」
「あれはただ単に呪詛を受けて傷を負っていただけだ。山椒の林に突っ込んで棘が刺さり、体の内部まで入り込んでいた野生の狐とそう傷の処置は変わらん。棘を抜いて薬を塗り、包帯を何度か取り替えて終わりだ。珍しくもなければ凄くもない」
「いやそれを出来るところが既に礼二君の語り草になってるところなんだって……」
「狐といえば、それよりあなたが獅子神の管狐につけた耳の千切り痕の方が興味深かった。血も出させず、居合で藁束を斬るように千切りとらなければあんな怪我にはならない。どうやってつけたのかと興味があったところだ。叶、あれはどうやった?」
「ああ、あれ。あれはねー、素手で毟っただけだけど?」
「…………は?」
「だから捕まえて素手で、「めっ☆」って指でサクッと捻ったら千切れちゃって、あ、さすがに悪いことしたかなーと思ったから「こんなこと続けてちゃダメだよ」って注意したら逃げられたんで、謝り損ねたけど」
「…………そうか分かった」
獅子神はあれがこっちに担ぎ込まれてきた間、恐慌状態で大変だったんだが。どうやら村雨が見るに、叶は元から少々人を威圧する時不思議なまでの迫力を出すきらいがあるようだ。本人は無自覚だが。