おとなになれない「北村。目を」
閉じちゃくれないか、と雨彦さんが言い終わる前に瞑ってしまった。期待していなかったと言えば嘘になる。
僕と雨彦さんはお付き合いをしている。告白して同意を得て、たまに見つめあったり、手を繋いだり。成立してから数ヶ月経つけれど至って折り目正しい交際。お互いアイドルなので世間の目には大変に気を遣う必要もあり、ろくにデートにも行けない。だから僕らの密会場所は専ら、僕の帰宅を送ってくれる雨彦さんの車の中だ。
今夜も例に漏れず雨彦さんに兄さんのマンションの近くまで送ってもらって、でもすぐに車を降りたくないななんて考えながらサイドブレーキに置かれた雨彦さんの手に自分の手を重ねてみたりして。そうしたらその手を雨彦さんにとられて、顔を上げたらびっくりするくらい優しい目をした雨彦さんに、そう、せがまれた。
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