Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    .net

    FuzzyTheory1625

    DOODLEpixivにある原語版のニュアンスや表現を一切拾わずに和訳した。
    https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=24412915
    公平な情報格差を味わってください。
    シュガーレスコーヒーアドラー・ホフマンは薄暗いラボの隅で、黒いロングコートの襟を無造作に掴みながら、カップから立ち上る湯気をぼんやりと眺めていた。

    「……また、苦ぇのを淹れやがって……」

    そうぼやきつつも、手元のマグを離さないあたり、文句を言いつつも味自体は気に入っているのが見え見えだった。カップの縁に唇を寄せ、ひと口だけ含むと、独特の深みと酸味が舌に広がる。

    「はぁ……相変わらず、濃すぎるんだよ……」

    アドラーは眉をひそめたが、口元にはかすかに満足げな表情が浮かんでいた。

    「そんなにボクの淹れたコーヒーが気に入ったのかい? アドラー。」

    不意に、柔らかく響く声が背後から降ってきた。

    「チッ……いつの間に……」

    アドラーは視線だけで振り向き、そこには銀色の短いジャケットを羽織ったウルリッヒが立っていた。義体の細身のラインは無駄がなく、白いツナギが彼の身体にぴったりと張り付いている。だが、目を引くのはその頭上――形を絶えず変える磁性流体が、揺らめきながら感情を映し出していた。
    3760

    yak

    PAST2023年鯉誕、ちいコイ展示、その1。月鯉。原作軸。最終回から10年以上後、月島の軍属最後の日。
    pixivに展示しているhttps://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19064686のエピローグにあたります(短編連作の本編はまだ終わっておりません)が、これだけで読めます。
    ことほぎ 兵舎から正門へと向かう道は、よけられた雪の中にうっすらと新たな雪の白化粧をして延びている。月島は、軍靴で浅い雪を踏みしめながら門に向かって歩いていた。門の傍から塀に沿って両側に並んでいる木はキタコブシで、兵舎を新築した当初移植した桜の木が根付かなかった代わりに植えられたものと聞いたことがある。敷地内のキタコブシは、雪の嵩は減ってきたとはいえまだ寒さ厳しいこの時期に、大きく広く伸ばした枝に多くのつぼみをつけ始めている。つぼみは微かに紅色を帯びた白色で、暮れ始めた薄暗い空と白く重なる雪の中、ほのかに温かな色を灯す。幾つものつぼみを目に映しながら、これらが開く姿をもう自分は見ないのだと思うと、不可思議にも思える感慨が腹にまた一つ積もった。兵舎に置いてあった少ない私物を今担いでいる頭陀袋の中に詰めたときも、直属の部下に最後の申し送りをしたときも、毎日通った執務室を辞したときも、兵舎の玄関を出たときも。一つずつ、腹に感慨が積もっていって、それは今やじわじわと腹の内か胸の内かを温めるようだ。
    3860

    nukabosi

    DONEWEBオンリー「月が綺麗でしたね」用展示です。

    ※既刊の後日譚です。単独では読めません。フィ+晶♀の逆トリ「きみは世界の真ん中さ」をご覧いただいてからお読みください。
    https://www.pixiv.net/artworks/127280364

    フィガロの死に際にブラッドリーが訪問してくる話です。
    約束の果て フィガロの診療所は今も湖のそばにあった。
     人口の増えた街が交通の要所沿いに移ったこともあり、患者の受け入れはしばらく前からやめていた。今はむしろ魔力を失いつつあるフィガロ自身のための療養の場になっている。人が訪ねてくるのは大好きだったから、手紙を受け取ったり相談事を聞いたりは続けている。ルチルもミチルも毎日のように遊びに来ていた。

     春の真昼。草むらは海のように、湖面は星のようにきらめいている。その上を強い風が渡っているのだなと気づくころには、窓から花の香りがカーテンを巻き上げながら入り込み、ベッドから立ち上がれないフィガロの全身をやさしくなでた。南の精霊も変わらずフィガロのそばにいた。

     近ごろフィガロは体を休めている時間が長くなった。そんなときはこうして草原が光る面を変えながら輝きの波を届けてくるのを飽きもせず眺めていた。だからその脚にもすぐに気づいた。晴れた空気を迎えるために開け放たれた窓から割り込むにはいささか不釣り合いな黒い脚。夜みたいにきらめくよう手入れされた革靴を履く男なんて南の国にはいない。男の服に染みこんだ煙の臭いのせいで春めいた部屋の空気が乱された。異質な訪問者が白黒の髪の下から傷だらけの顔をのぞかせた。男はブラッドリー・ベインだった。
    3070