雪に咲く華の、それはそれは朱きこと 綺麗な姿はいつも見ている。
ファンデーションの上からまた何かの粉を叩いて普段からスベスベしている肌をより一層煌めかせ、目元にはジャケットに合わせたほんのりの青と、大きな瞳を引き締めるさりげないグレー。ばさばさ音を立てそうな睫毛は軽く流れを整えるだけでクルンと天を向き、仕上げにリップクリームをん〜ま…っと塗り込めば光の粒がぷるぷる弾けた。
「……で? さっきからなんなんですか。鬱陶しい」
「え〜。や、綺麗だなー…って」
「は?」
「なんでキレるんすか……」
「いえ別に怒ってはいませんけど」
「えぇ……。それにしちゃあ言葉の圧が強いっすよぉ〜?」
共演者の女の人が持ち歩いているものよりはだいぶ小さなメイクポーチ、ポーチというよりは小銭入れにも見えるサイズのそれをポイッとハンドバッグに放り込んで、着込んだコートのボタンを留めながら茨は片眉を持ち上げた。
「それは失礼致しました! なんせメディアに出る時よりもかなり地味な装いにも関わらず、そんなに熱心に見惚れていただけるとは思っておりませんでしたので! 思わず、何アホなこと吐かしてんだコイツ…と考えてしまったのが表に出てしまったようです。いや〜、申し訳ない! 自分もまだまだ青いですね。矯めるなら若木のうちとも言いますし、今後は気をつけることに致しましょう!」
スラリと伸びた脚が映えるタイトなシルエットコート。新品の革の手袋をアイ・アイと額に掲げる恰好は、これからちょっと良いところへ外出しますという紛れもないお出かけ……いや、濁すのはやめよう。これは誰に言い訳するでもない、紛れもないデートスタイルの茨なのだから。それもただのデートではない。年に数回しか見られない特別な日のデートスタイルだ。
日頃からビジネスに相応しいカッチリした服装を好む茨だけど、オレとふたりで飯を食うとか、たまの休みにショッピングに行くくらいでは、こんなに気合を入れて支度なんてしてくれない。メイクなんてもってのほかだし、そもそもカバンすら持っていない時だってある。精々メガネに引っ掛った髪の毛をチョチョイと整える程度なのに。
今日は、違う。
上げた前髪、見慣れないフレームのメガネ、去年穴を開けた記念に贈ったピアス、先月プレゼントしたばかりの手袋、昨日クリーニングから戻ってきたピカピカの革靴。そして今朝枕元に置いておいた、お揃いのリング。どれもこれもが眩しくてキラキラで、茨曰く、動物的本能が強めの野生児なオレはうっかり目を奪われて、ついでに心も奪われて?なんだかぽわぽわと夢見心地で、支度にパタパタと走り回る茨の後ろをカルガモのようについて廻ってしまったのだった。
「……それよりもジュン。あなた自分の支度は終わってるんですか? 雪もチラついているというのに随分薄着に見えますけど」
「ぇ?……っあ!!」
「あっははは! ……では、お先に失礼しますね?」
「はっ!? まさか置いていく気ですか!?」
「だって自分もう準備できましたもん。下のエントランスで待ち合わせということで!」
「いやいやいや。すぐそこじゃねぇすか!? ここで待っててくださいよぉ〜」
「知りませーん、聞こえませーん」
子供っぽく耳を塞ぐポーズのまま廊下を逃げて行った茨は、わたわたコートの袖に腕を通すオレを振り返ってニヤリと笑う。
「いいでしょ別に。こうでもしないと、もう待ち合わせすることなんてほとんどないんだから!」
朝の光を背に受けてイタズラっ子のように舌を出した恋人は、そう告げてオレたちの家から出掛けて行った。ゆったりと吹き込んだ冬の風が、少し癖のあるあまい香りを連れて来る。腕から滑り落ちたマフラーがもふりと折り重なった。
綺麗な姿はいつも見ている。
カッコいいところも、賢いところも、強いところも、逆にちょっと抜けてるところも、ファンの皆が夢見ている普段の茨は漏れなくコンプリートしていると思う。
でも、だからこそ困るのだ。
ああやって可愛い恰好で、可愛い顔をして、可愛いことを言われたらどうしていいかわからなくなるから。綺麗で格好良くて強くて賢い七種茨を、こんなに可愛くしてるのはオレなんですよ! でも、どれくらい可愛いかは見せてあげません。だってぜんぶぜんぶオレのだから!って世界中に歌ってまわりたくなっちまう。
「ああぁぁぁ……───〜〜っ!!」
叫んだ “ 好き ” の二文字は拾いあげた赤い毛糸に吸い込まれた。