シリィ・カーニバル第1話「迷子の食いしん坊と苛立つ術師と、眠れる……」01 薄暗い森を、小柄な丸っこい少年が小走りに駆けていく。ボサボサで黄土色に近い色合いの金髪を青いバンダナでまとめて、服装は何の変哲もないシャツとズボン、だが背負った荷物は少年の背丈を軽々と越していた。
荷物はしっかりと梱包されてずり落ちる気配はないが、少年の足取りが苦もなく軽やかなのが奇異だった。中身のない空洞のハリボテ、というわけではない。身の詰まった重たげな気配がするし、地面に残る少年の足跡は踵がくっきりとして荷物の重みを伝えている。
見た目に反した頑健さを披露しながら、少年は森を駆けていく。頬の輪郭と同じく丸っこい琥珀の目が、行く手への期待にきらきらと輝く。
「見つけたっ! 見てカイっ。モリーダケ! こう見えてすっごく美味しいんだよっ」
「そうか」
言葉少なな同行者の不機嫌を察知して、少年はキョトンと振り返った。
少年の背後にゆっくりと現れたのは、少年とは正反対に長身の青年だった。後ろで一括りにした髪は艶やかな褐色。焦げたカラメルのようだと少年はひそかに思っていた。美しい光沢に反してピリッとするように苦い。
彫刻のように整った、それでいて厳めしい面差しが、鷹のように鋭く冷ややかに見下ろしてくる。感動を分かち合おうという意識が微塵もないのを察して、少年はじわりと後ずさった。
「それで、確認したいんだが、レクト。ここはどこだ?」
答えようとして、少年――レクトは言葉に詰まった。周囲を見渡す。森。なだらかな傾斜。草むらの獣道。
自分がどの道から来たのか思い出せず、バンダナにじわりと冷や汗が滲む。
「えっと、そのー、森、の、どこ、か?」
「そうだな。森の、どこかだ」
カイの声は静かだったが、こめかみは愉快に引き攣っていた。霊力を見る感覚は持ち合わせておらずとも、カイの気が剣呑に荒ぶっているのを察して、レクトは慌てて採取したキノコを掲げた。
「みっ見てっ、カイ! このキノコ、すっごく美味しいお出汁が出るし、バターやクリームにすっごく合うんだよっ。乾燥させないとだから食べるのはもうちょっと先になるけど、でも絶対美味しいからっ」
「そうか。後ろのやつも気に入ってくれるといいな」
「ほえ?」
カイの言葉に、レクトの口から間の抜けた声が漏れる。振り返ると、そこには荷物を背負ったレクトより幅広でカイよりも背の高い、大きな顔があった。
顔、だった。レクトを一口にできそうなほど大きな口。レクトの顔くらいありそうな目。鼻は斜めに傾いで歪で、頭髪はない。卵型のフォルムに申し訳程度に生えた手足に鉤爪があるのを見つけて、レクトはようやく悲鳴を上げて飛び上がった。
「なっ、ななななんああなんでここに魔物がぁっ!?」
「ここが霊菫(たますみれ)の灯る街道から外れた僻地だからだっ」
ついに声を荒らげたカイの指先に光が奔る。カイの思考が呪文――精霊への請願を詠唱し、魂がインクとなって世界を書き換える。
「爆ぜろっ!」
言葉に込められた意志が最後のトリガーとなり、青い稲光がしゃがみ込んだレクトの頭上を焦がして魔物に突き刺さった。よだれを垂らし爪を振りかぶった人面が、燃やされた絵のように消え失せる。
「あっ、あああああ!! モリーダケがぁっ!!」
「呑気に珍味採取してる場合か」
法術の巻き添えで黒焦げになったキノコを嘆くレクトを放って、カイは来た道を戻った。この馬鹿を追ってまた無駄な寄り道をしてしまった。見捨てたいという想いが日増しに強まるが、それをしないほうがいい理由を数えて舌打ちする。
「おいレクト、とっとと行くぞ。日が暮れるまでには次の街に……」
踵を返した先に道がなく、カイは絶句した。森が開け、一面の草原が広がっている。ここは山道だったはずなのに。
レクトの返事がないのに気づいてふり返る。しゃがみ込んだ荷物の塊はそこにあり、レクトは荷を背負ったままへたり込んでいたが、場の景色は一変していた。
色とりどりの花が咲き乱れる花畑。そのすべてが淡く白い輝きを灯している。馥郁とした香りが鼻腔を吹き抜け、これが幻ではないと知らせた。
魔を退ける霊菫が、一面に咲いている。街道から遠く離れた僻地で見られるはずもない光景に、レクトが青ざめた顔でふり返った。
「カイ……ここ、どこ?」
俺が聞きたい。
不毛な疑問は無視して周囲を観察したカイは、すぐにソレを見つけた。