公国の地域と薄闇を灯す町について コノラノス公国は五つの州から成ります。
東、豊かな森で知られる霊菫発祥の地、灯花(クエリ)州。
南、肥沃な農耕地から公国全土を潤す大河の湧き出る、狐川(ポタミ)州。
北、熔けず壊れぬ霊鋼を採掘し鍛える山岳地帯、雪鼠(パゴス)州。
西、無限の海を見つめる無限に広がる島、亀海(テロス)州。
そして四つの州をまとめる中央、海に臨む白き都、白央(オラノス)州。
公国に根付いた四つの龍脈を起点に州を制定し、龍脈の交わる緩衝地帯を中央と定義して、要所に神殿を建てています。
町と呼べるくらい人口の多いところには神殿を建てる決まりです。ほらこの世界、人が増えると魔物が出やすいのが死活問題なので。
さて、灯花州の南のほうに、スコタギという小さな町がありました。
山から水が湧き出て町を潤す住みよい場所ではあるのですが、山の麓のほうを狐川州の大河が流れているものですから。ええ、大地を沃野にする実龍の恵みの川です。ですからみんな、麓のほうへ行って、スコタギはいまいち寂れてた町でした。
とはいえ、山の恵みが豊かな土地であることに変わりはありません。大河を船で行けば大きな町にも行けますし。ええ、田舎というほどでは。神殿もありますよ、もちろん。決まりですからね。
でも、それが却って良くなかったのでしょうか。特筆するほど良くもなく、悪くもなく。町はどこか膿んでおりました。
鬱蒼としげる森。ぽつぽつと咲く霊菫。決して恵まれぬ土地ではなかったのに。それが却ってダメだったのでしょうか。スコタギは災いを招いてしまいました。
その人は、薄闇から光を見上げて目を細めるような顔をしていました。白い服は霧のよう。ひっそりとスコタギを訪れたその人を、町の人はどこか大きな町に行く途中の通りすがりだと思いました。
ええ、そんな目で見ていたものですから。諦めたふうに、卑屈な気持ちで、羨むように見てしまったものですから。目をつけられたのでしょうね。その人に。
「こんにちは、住み良い町の方。少しお願いがあるのですが」
「なんでしょう、旅の方。こんなケチな町に御用などと」
「いえいえ、この町にしかないものがあります。どうかそれをお貸しいただきたい」
耳に心地よい言葉、心からこちらを称賛しているとわかる顔。町の人はすっかりその人に魅入られました。
その人に頼まれて、町の人は旅人の荷物を預かることになりました。ええ、ここは通りすがりの町ですから。ちょっと荷物を預けるにはちょうどいい場所だったんです。
ちょくちょくと旅人が訪れるようになって、スコタギは賑わうようになりました。ええ、大きな町と比べられるほどじゃないですが。でも、泊まってみれば食事は美味しいし、住み良いし。良いところじゃないかと褒めてくれたんですよ。嬉しいじゃありませんか。
ええ、みんな、本当はわかっていましたよ。わかっていたんです。わかっていましたとも。そこまで愚かじゃありません。
スコタギは通りすがりの町。特筆して良くもなく悪くもなく。つまりは神殿の目の届きにくい、見落とされやすい場所。そんな町に預ける荷なんて、ねぇ。
わかっていたけれど、ほんの少しのつもりだったんです。でも、でもね。ええ、わかっていませんでした。すぐにほんの少しじゃ済まなくなること。後戻りできなくなることも。
神殿があるんじゃないのかって? ありますとも。神官はどうしてるんだって? 言っていませんでしたか?
その人です。白い人。暗がりから日向を見つめるような人。町の人を唆して、薄暗い荷を預ける商売を始めさせたその人が、新しくスコタギに赴任してきた神官さまです。
すべての神官が心正しく在れるわけじゃありません。精霊は心を縛りません。人を罰しもしません。ただ……いえ、これは今度にしましょう。
それに、神官さまに悪意があったとは……ええ、人は善意で災いを招けるんです。神官さまは心から仰いました。
「この町の薄闇を私にお貸しください。きっと皆さんに光を灯してご覧に入れましょう」
ええ、ええ、光が、光が灯っています。眩しい。痛いくらいに。わたしたちを照らしています。わたしたちの罪を。
ゆるしてください。いいえ、罰してください。裁きこそが救いなのです。知らなかったじゃ済まされない。ああ、どうか。
知らなかったのです。荷の中身がなんなのかなんて。それが何をもたらすのか。わたしたちはこれっぽっちも知らなかった。ただ甘い蜜を啜って、暗がりに甘えていただけ。
どうか罰してください。ここはスコタギ。罪を隠した薄闇の町。
取り立てて良くもなかったけれど、悪くもなかったはずの、今はもう光に怯えることしかできない、罪人の町。