「ねぇKKのおじいさんってどんな人だったの?」「どうした、急に…ってあぁ」
暁人の手の中には今しがた河童から引き抜いた勾玉が握られている。「河童を一緒に捕まえたって前に言ってたよね」
「とにかく妖怪に詳しい爺さんでな…ありゃあたぶん適合者だ」
適合者。見えざるものが視える人。つまりKKの能力は遺伝ってことか。
「一度だけ田舎の祭りに連れていってもらったことがあってな…そんとき言われたんだよ、今日は手を振ってる人がいてもそっちには行くな、それだけは守れ…って」「向こうの人が見えてたってことかな」「…多分な」
そんな会話をしながら家路に着く。
夕飯時テレビを眺めていたKKがあっと声を上げる。つられて見てみるとどうも例の「祭り」が今は無形文化財に登録されているのだの、地元の保存会がどうだのと紹介されている。そして再来週の開催に向けて準備が進んでいることも。
「いっぺん行ってみるか…」
小さな集落で宿が取れるか心配だったが、少し離れた町のビジネスホテルを取る事が出来た。
ここから集落まではレンタカーだ。
「田舎って言ってもガキの頃夏休みに来たくらいだし、その後は爺さんの葬式で一度来たきりだ」「オレの親父はしっかりした人でな、土地も墓も片付けちまったからオレに縁のあるものは何も残ってねえよ」
そんなことを言いながらKKは車を飛ばす。
それでも暁人は嘗てKKが見た景色を見ることができるのが嬉しい。
KKが車を停める。まずはKKが河童を捕まえたという池に向かう。雑木林に踏み入れると空気がひんやりしていて気持ちいい。
5分ほど歩くと少し開けたところに出た。
「あー…」KKが少し間の抜けたような声を出す。「どうしたの?」暁人が背中越しに声をかける。
「いや、もっとでかい池だった気がするんだが…」KKに追いついた暁人が見ると眼の前には池が広がって…はいなかった。目の前の池は公園の噴水よりは少し大きいくらいで深さも大人の膝下ほどしかない。渋谷の河童池よりうんと小さい。添えてある苔だらけの石碑には「河童池」と書いてあるような書いていないような。
「せっかく持ってきたけど河童が泳ぐにはちょっと浅そうだね」とリュックから暁人がきゅうりを取り出す。KKはそれを受け取ると近くの岩の上に置く。「まぁちっせえ河童もいるかもしれねぇしな」
なんとなく池に向かって手を合わせて、来た道を引き返す。
その後も、一反木綿を見た四ツ辻や塗り壁を見かけた裏路地、鎌鼬を追いかけたあぜ道を周ったがそのたびにKKの渋い横顔を見て暁人は笑う。
「ガキの頃の思い出ってのはそのままにしておいたほうがいいぞ、暁人」嘗て座敷童子が住まうといわれた屋敷が2✕4の二世帯住宅になっているのをみてKKはおもわずボヤく。
そんなKKを少し可哀想に思いながら「でも僕は楽しかったな、ちっちゃいときのKKを見てるみたいで」と暁人は笑った。
車に戻って「祭り」の会場となる神社へ向かう。道はこの集落中の車を寄せ集めてもこんなにならないだろうというほどに混んでいた。
ノロノロと進みようやく車を停められるところを見つけた。「臨時 第4駐車場」神社からは大分遠い。
「有名なお祭りなんだね」と暁人。「何年か前に急に話題になったんだよ」とKK。
SNSで検索しようとしてやめた。今はKKとの時間を楽しもう。
田んぼに囲まれた道を車に気をつけながら一列になって進む。田舎の道は暗い。後ろからついて歩くとKKの影が闇に溶けそうだ。
いつだったかKKの魂がマレビトに囚われてしまったことを思い出し少し苦しくなる。僕を…一人にしないで。
鳥居が見えてきたところでようやく並んで歩くことができた。暁人はKKの指に自分の指を絡める。KKの掌はそれを自然に受け入れた。
鳥居をくぐり、更に参道を歩く。階段が続く。さすがに息が切れる。だんだん何かの音が近くなってくる。
「雅楽?」神社でよく聞くイメージのアレだ。ゆったりとした音楽に乗せられ、「祭り」が行われている神域に進む。
舞台の周りには篝火が焚かれており、熱い。舞台上で黒い装束に白い面を着けた男とも女とも言えない異形の者たちが見たこともない不思議な振り付けで一心に踊っている。渋谷で対敵した「般若」たちを思い出し暁人の足が一瞬止まるがKKに手を引かれたので大人しくついていく。
この人混みをどうすり抜けたのかわからないが最前列に来てしまった。「ここで見てろ」KKは暁人の耳元でそうつぶやくとどこかに行ってしまう。
篝火の熱さで頬がだんだんヒリヒリしてきた。炎が燃え上がる音、雅楽、異形の者、不思議な舞、人々のざわめき…
日中の疲れもありだんだんグラグラして来た暁人は思わず目をつぶる。
────急に音楽が止まり、周りの人の気配がなくなる
目を開けると目の前の舞台で踊っていた異形の者は消え代わりに白装束に仮面姿の男女…が大勢立っている
これはなんだ…?早着替えか?演出か…?と舞台を眺めていた暁人の目が釘付けになる。あれは─
「麻里!!!」
冥界で見送った妹がそこにいる。顔は隠れているがあれは間違いなく麻里だ、と確信した暁人は思わず身を乗り出し腕を伸ばす。冥界で父と母に託したが、やはり自分の手で助けたかった妹が、今目の前にいる。
「暁人っっ!」後ろから羽交い締めにされて暁人は目を覚ました。
KKに抱きかかえられるようにして人混みを抜ける。
「ちょっと?KK???」周りの目が気になる暁人だがKKは放してくれない。
人気の少ないところまで連れて行かれたところでようやく降ろしては貰えたがKKは暁人を抱き締めたまま離さない。
「お前が連れて行かれなくて…良かった…」
KKの声を聞いて暁人もKKを抱き締め返す。
「あの祭りはな、あの世とこの世の境目を破る儀式なんだ」暗い田舎道。車の行き交いはだいぶ少なくなったので今度は並んで歩く。
「儀式?」「あぁ、ただ儀式といってもヤツがやったみたいに直接つなぎとめるほどの力はない。精々お互いの姿がぼんやり見えるくらいの原始的なやつだ。」
「…僕には麻里の姿が見えたよ」暁人は闇の向こうを見つめながら泣きそうになるのを抑える。
「そうか…。万が一お前が引き込まれそうになったら止めるつもりでいたんだが、思ったより早く儀式が始まってな…」
「KKが間に合わなかったら僕…死んでたってこと?てかそんなに危ないなら先に言っておいてよ!というかそんな時にどこ行ってたの」
KKが気まずそうな顔をしながらつぶやく「………」
「…え?じゃあもう少しトイレの列が長かったらホントに死んでたの…」暁人はたまらずしゃがみこんだ。
そのまま無言で歩き、車にたどり着く。KKは運転席に乗り込むと助手席に座った暁人を抱き寄せキスをした。
「…ん。ちょっとKK!」「いや、冷静になったらお前がちゃんと生きてるか心配になって…良かった生きててよ」
今度は暁人が右手の人差し指をKKの口に当てる。「ほら、ちゃんと生きてるよ、確かめてみる?」ちょっと意地悪っぽく笑う暁人の指をKKは優しく舐めた。