暁人が動物に好かれる質だと言うのは「あの夜」を共に過ごしてからよーくわかっていた。犬に猫、狸まで…
当然、平和な生活を取り戻してからもこれは変らない。この間なんか買い物帰りの暁人の後ろにカルガモが列を作って歩いていたのには参った。誰が撮ったのかは知らねぇがSNSでちょっとした話題になったらしい。
妖怪からも慕われている。特に猫又たちの間で暁人くんは人気者だ。新作衣装のデザインがどうたらこうたらと話しているのを聞いたことがある。
そして今暁人の腕の中でピャーピャー喚いているコイツ。大きさは小型犬、といったところか。銀色の鬣の間からはオレの小指ほどの大きさではあるが二本の角がしっかり生えている。体格の割に長い腕の先にはこれまた大きな掌。そして長く鋭い爪。
「どっこからどう見たって痩術鬼じゃねぇかぁぁ!!!」あの時確かに倒した筈だ。咄嗟に印を結びかけた手を暁人にそっと制される。まぁまぁ、KK。
「僕もどうしようかと思ったんだけど道端で震えてるのを見たらほっとけなくって」「ダメです。元いた場所に戻して来なさい」
ったく、んなもん堂々とほっときゃ良いんだよ。「だってもともとKKの一部でしょ?ますますほっとけないよ」
おい、そんな目で見るんじゃない。「お願い。ちゃんと僕が面倒みるからさ」
斯くしてオレはオレの分身と暮らす羽目になった。
◆◆◆
「だーかーらーお前の飼い主はあっち!暁人の方に行きなさい!!」
「ソースケはKKの方が好きみたいだね」にっこり微笑む暁人。痩術鬼、今はソースケと名付けられたこの生き物は朝から晩までオレの足元から離れない。今もトイレに行こうとして立ち上がった瞬間に右足に抱きつかれ転びかけたところだ。
面倒を見ているのは暁人なんだが…角の先にはヤスリがかけられ、すぐに伸びてしまう爪もこまめに切られている。おどろおどろしさに拍車を掛けていた鬣も今はブラッシングされツヤツヤだ。
主食のアンパンと牛乳が散らかっている。最初はオレたちと同じものを用意していたがあまり食が進まないようだったので心配した暁人が色々試した結果、これに落ち着いたそうだ
いつか「張り込みのときの記憶が残ってるのかな」アンパンを両手で抱えながら齧り付く様を見つつ暁人がつぶやいていた。「オレはおにぎり派だったけどな」単純にこいつが甘党なんだろう。
「……お前は一体なんなんだ?」
ソースケの顔を覗き込むと同じように不思議そうな顔をしてこちらを見つめ返してきた
◆◆◆
月の明るい夜、散歩と称して3人でコンビニへ。適当につまみと飲み物をカゴに放り込んだら暁人が明日の朝食を買っていくと言うので一足先に外に出る。
相変わらずソースケはオレの足元をうろついていて、それを躱しながら歩くのも上手くなった。貴重な一服タイムを楽しんでいるとジャケットの裾にしがみついたソースケがオレの背中をそのままよじ登ってきた。危なっかしいので片手で支えてやるとちょうどおんぶのような形で落ち着いた。
「親子みたい」コンビニから出てきた暁人がオレたちをみて笑う。暁人につられてソースケもキャッキャと声を上げる。
こんなに気味の悪い息子がいてたまるか!と喉まで出かけたが、そもそもがオレの分身なのを思い出してぐっと飲み込む。
◆◆◆
「明日早いからもう寝るよ」
「おやすみ、暁人」
「おやすみ、KK」
資料を読むオレの隣で丸まったソースケは子供のような寝息を立てている。体躯が小さいから気にならないが、実際の痩術鬼だったら地響きだろう。
「…なぁ、結局お前は何者だ。」
オレの問いかけが聞こえたのかソースケは目を覚まし、寝ぼけ眼でオレの顔を見ると口を開いた。
『知りたいか?』答えるのも大儀だとばかりに如何にも生意気そうな口をきく。子供のような声だ。
不意を打たれて返す言葉が見つからなかった。
『オレはお前がみっともないと言って切り捨てたお前の一部だよ』
そう言ってソースケはニヤリと笑う。
東京タワーでの戦闘を思い出す。誰にも認められずに燻っていた己の中のドス黒い獣。痩術鬼。完膚なきまで叩きのめし、決別したはずだった。やっぱり最初の時点で祓っておくべきだったか。自然右手は印を構えている。
『…前までは消えたいとばかり思っていたのに、暁人に拾われてからは消えるのが怖くなっちまってな』いつしか先程の笑顔は自嘲気味なものに変わっていた。
暁人とKKとの暮らしの中で痩術鬼としての力はほとんど消えてしまい、このまま放っておけばどちらにせよ姿を維持することができず消えてしまうらしい。
『……なぁ、こんなこと言える義理じゃあないがもう一度ひとつにならないか?』
さすがのオレも一瞬まごついた。せっかく決別した己の過去をもう一度受け入れろというのか。
ふと脳裏に暁人の言葉が蘇る。
───だってもともとKKの一部でしょ?ますますほっとけないよ
あぁ、暁人はこういうやつなんだよ。
ここでソースケを見捨てたらオレはどんな顔をしてあいつに会えば良い?
「…いいよ、こっちに来い」
『暁人ならどんなお前も受け入れてくれるさ』
「そんなことテメェに言われなくてもわかってるよ」
『……ありがとよ、暁人にもそう伝えてくれ』
そういってソースケはKKの胸に飛び込み顔を埋めると吸い込まれるようにして消えていった。
◆◆◆
「おはよ、KK」暁人が起きてきて部屋を見渡す。「あれ、ソースケは?」
「……還るところがあるっていって何処か行った」
「…ふぅん」せっかくちょっといいアンパン買っておいたんだけどな、と言いながら昨日コンビニで買ったパンの袋を机の上に出した。
「それ、オレがもらうわ」
KKがアンパンって珍しいね、と言いながらコーヒーを淹れに行く暁人の背中に声をかける。
「暁人…」「ん?」
「ありがとな、ってアイツが」
「…うん」よく見ると目尻に涙が光っている。
おいおいお前のせいで暁人が泣いてるぞ、とオレはオレの心の何処かにいるソースケに声を掛けた。