買いかぶりでも嬉しかったのに 出がけに寄ったレトロな喫茶店。そろって同じ産地のコーヒーを頼んだ。
ソファ席で向かい合って座り、サービスで出されたお菓子といっしょに少しずついただいた。
他愛のない天気の話題から他のアイドルの近況について、話していたらあっという間に時間が過ぎていく。
最後の一口を飲んでカップをソーサーに置く。ふいにかっこいいなと思ったのは、じっと見つめられていることに気づいたからだった。
顔を見つめ返しているのだから当然そう思う。三毛縞先輩はアイドルだし端正な顔立ちをしている。わたしには少し眩しいくらい。
すると彼はおもむろに口を開くと真顔でこう言った。
「かわいい」
途端に全身が跳ね上がった。ドキッとしたのか心臓がバクバクしているし、頭が沸騰したみたいに何も考えられない。思ったことがそのまま口から出てしまう。
「ど、どうしたんですか!どこに行ったんですか、いつもの勢いは!」
「顔が真っ赤だぞお」
指摘されて思わず頬を両手で挟む。その声は茶化すみたいでいつもと同じ。少し安心したけれど、それはそれとして質問には答えてほしい。
「そ、そんなことないですもん!」
口調がおかしなことになってるのは引け目を感じでいるせいかしら。こんなかっこいい人の近くにいられて幸せだなって。
混乱するわたしをよそに、三毛縞先輩はいつものあたたかな笑みを浮かべながら、立ち去り際にこう言った。
「そのポーズもかわいい」
「ムンクの叫びが!?」
気が済んだのかその背中はルンルンと弾むようだ。
「いったいなにを……あっ」
テーブルに視線を落としてようやく伝票がないことに気がついた。
割り勘にさせないつもりで人を誑かすようなことを言ったのか。だとしたらめちゃくちゃ悪い男だ。
腹を立てているうちに支払いは完了してしまったらしくセルフレジが軽快な音を立てる。キャッシュレスの取り扱いがあることを把握していたんだろう、動きがかなりスムーズだった。
「待って!」
趣のあるベルが鳴る。閉まりかけるドアを片手でおさえながら足を一歩外に出すと三毛縞先輩が振り向いた。
今に見てなさい。絶対かっこいいって言ってドキッとさせてやる、それも正々堂々と。そう心に決めながら、必死でついていった。