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    ltochiri

    二次創作いろいろ

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    ltochiri

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    ラストミッションミニトーク前半の感想文です(斑あんです)
    2023.09.22加筆修正しました

    君とはじめる物語 SNSにアップされた動画を見て、斑は思わずぱちぱちと瞬きをした。
     その反響に驚いているのだ。
     本当に自分が話題の中心になっているのかと怪しんでしまうほど、信じられない光景だった。異世界へ飛ばされたような、奇妙な感覚ですらある。
     数字というのは、説明をわかりやすくするために有効だ。
     事実、彼が映ったその動画がたくさんの人に見られていることをSNSの分析結果が示していて、信じられないという様子をしていた斑だったが、それを見ると途端に納得の表情を見せた。
     この動画に映っているのは紛れもなく三毛縞斑であると。
     そして、間違いなく彼女の手腕によるものだと。
     件の動画は、『プロデューサー』であるあんずが撮影したものだった。
     カメラが回っていることに気づいた斑が、利き手と反対の手を振りながら笑うと、下を見るよう人差し指で示す。
     人差し指の先を追いかけるようにカメラが下を向くと、そこには大きなポスターが何枚も机の上に並んでいた。
     そのポスターには斑が載っていて、その中央より少し下の位置がズームでアップになる。そして黒いペンを持った斑本人の手が映り込んできたかと思うと、さらりとサインが書かれる。
     上半身を机に向かって曲げている斑の表情を少しだけ見せながら、カメラは最後に作業風景全体を映した。スタッフと斑が黙々と取り組む姿が印象的だ。
     そうした十数秒の動画は、斑の片手に収まるのほどの長方形の電子機器のなかに留まらず、異世界とは言わないまでも、日本を超えて世界中から視聴されていた。
     もしかしたら地球の上にも届いたかもしれない、と考えるのは、最近見たニュースの影響だろうか。
     技術的には可能だが、実際に宇宙ステーションにその動画を見る人間がいるかは定かでない。
     とはいえ、たくさんの人に見られていることは事実だ。
     Double Faceの解散後というタイミングだったからだろうか。
     なんだか計ったような出来事に、世間様に見張られていることを突きつけられているのかもしれない、と、斑は穿った見方をしていた。これはもはや癖なので許してほしいと、心の中の誰かに弁解しながら。
     けれど存外、アイドルとはそういうものかもしれない。暗転した画面に映る自分の表情がひどい有様だったので、動画が自動で繰り返し再生されるのを止めはしなかった。

     さかのぼること、二週間前。
     ES八階の収録ブースで、斑は百枚のポスターにサインをしていた。
     ふだんマイクや収録機器が置いてある長い机の上には、今はポスターが五枚、横一列に並んでいる。
     机の両脇でせっせと働いているのは、斑がニューディの事務員を称して雑務をしていた頃、いっしょに働いたことがあるスタッフ二人だ。
     搬入されたポスターを出して机に並べる作業と、斑がサインをし終えたポスターを丸めて筒に入れる作業をそれぞれ担っている。
     そして室内には、もうひとり。
     お目付役として『プロデューサー』のあんずが同席していた。
     斑としては非常に居心地が悪い状況だった。
     というのも、彼女とは半年ほど気まずい関係が続いている。いろいろあったから、信頼されていないのだろうけれど、この部屋に来てからずっと見張られている気がする。
     気のせいだと思いたいが、そうとも言い切れない熱い視線を感じるのだ。
     ともあれ仕事なので――それも、めったにない多い枚数のサインを入れるのだからと、斑は平静でいようと努めた。
     斑が葛藤する一方であんずは、ポスターを巻く係のスタッフが苦戦しているところを手伝ったり、スマホで連絡を確認したりと、いたって通常運転の様子だ。
     ずっと斑を見張っているわけでないにしても、彼女の観察力と気遣いぶりは、いかんなく発揮される。
    「あ、そのペンもうやめましょうか」
     ポスターの枚数が折り返そうかというところで、あんずが斑に声をかけた。
     五本のサインペンを持ち替えながら使っていたが、とうとうリタイアするものが出てくるようになっていた。
     インクがかすれてきたとはいえ、少し休ませればいけるかと思っていたので、斑は少し残念な気持ちになりながらも、ここは素直に応じた。
    「わかった。新しいのはあるかあ?」
    「はい。出しておきますね」
    「ああ」
     にっこりと微笑まれながら言われると、斑もつい朗らかに返してしまうので、甘いな、と内心自嘲する。
     弱い、と言ってもいいのかもしれない。
     弱みを握られている、というのは過言だが、実際そういう節はあるのだ。
     幼なじみだと過剰にアピールして、昔話をでっちあげて、それなのに感謝で返されるから意味がわからなくて。ハッパをかけたり、突き放そうとしたりしたのに、それでも離してくれなかった。
     迷惑をかけたから、心配をかけたから、と言い訳ばかりでアイドルの仕事を受ける斑の面倒を、あんずは躍起になって見たがる。
    (そして君は普通の女の子を手放して)
     いつしかあんずは『プロデューサー』と崇められるようになっていて、そんな彼女の援護を受けてDouble Faceを結成した。
     そんなことがあったからだろうか。『プロデューサー』なんて血の通わない、統一された呼び方で呼びたくない、と思う資格も、なくなった気がした。
     幼なじみの嘘がバレた今、だけど、それでも、斑にとって大切な女の子の面影を探してしまう。どこかに残っているのではないかと思ってしまう。
     外の空気を吸いに行こうと誘う勇気さえ、もう持っていないくせに。
     それでもあんずは聡いので、別のことに意識を取られた斑の顔を見て、すぐさま声をかけるのだ。
    「少し、休憩しましょうか。腕も疲れてきたでしょう?」
    「ああ、そうさせてもらおう。それから、意外と、腰にくるなあ」
     そう言って背伸びをする斑をあんずは鼓舞する。
    「あと少しですからがんばりましょう! それから、このあとSNS用に撮影をしますが意識せずサインしててくださいね」
    「うん? その話は聞いてなかったと思うが……」
     斑が首を傾げると、鼻息荒くあんずは拳を握りしめて言った。
    「はい、今思いついたんです。サインの様子って、案外、見せることがないなと思って、そういう風景を撮るのっていいと思うんです。お二人も映るかもしれませんが大丈夫ですか? もし顔出しNGなら加工します」
     大丈夫で〜すと二人分の陽気な声が室内に響く。あれよあれよと話が進んでいくので斑は思わず苦笑した。
    「その意気や良し! 残りもがんばるぞお」
    「おー!」
     あんずは元気よく天に向かって拳を上げた。よっぽど楽しいらしく、張り切っているのがわかる。
     その気持ちが斑に伝染したのか、さきほどより少し身体が軽くなった気がした。

    「お疲れ様でした!」
     あんずの声かけに、お疲れ様で〜すと言ってスタッフの二人は事務所に戻っていった。
     あんずと斑は収録ブースに戻っている。机と機材は四人で元の配置にして片付けは終わっているのだが、ポスターの発送準備がまだ残っているらしい。
     詳しく訊けば斑が取材されたことのある雑誌の編集部に送るのだという。
    「梱包くらいは手伝うぞお」
    「ありがとうございます。この段ボールを台車に乗せてから、荷物の上に緩衝材を敷いて、それから上を閉じてもらえますか?」
    「合点承知! いやあ、あんずさんと共同作業ができるなんて嬉しいなあ」
     その瞬間、室内が吹雪いた。暖房は効いているはずなのに、凍えそうなほどの冷気に満たされた。
     斑はあんずの表情から「どの口がそんなことを言うのか」と、思っているのを読み取ったが、あまりの形相に口を噤む。
     いつの間に雪女みたいなスキルを会得したのか、と冗談を言うのも寸でのところで咳払いに変えた。
     冷気を纏うあんずに無言でガムテープを渡されたので、斑は粛々と梱包作業をこなしていく。
    (ほとんど本心だったんだけどなあ)
     斑はすっかり、あんずを扱いづらい女の子だと思うようになっていた。
     今まで許容されていたのがまぐれだったのかもしれない。これから二人でやっていくのなら冗談も慎まないと。
     こうして流されるように『プロデューサー』の指示に従って仕事をするのが最適だと、頭ではわかっているのだけれど、と、斑は煮え切らない思いを抱えていた。
     あんずは箱の外に貼る票を用意しているらしく、椅子に座って机に向かっている。スマホが傍にあるのは送付先をメモした画面を見ているからだろう。
     二人で一緒に仕事をするのは喜ばしいことなのだと斑は信じていたけれど、あんずにとっては数ある仕事のうちのひとつらしい。斑が問題行動を起こすから見張りに来るだけで。
     だがそれだけでも、『特別』だと思ってくれるのなら。
    「あんずさん、できたぞお!」
     斑は満足げにピシッと貼れたガムテープを見せに行った。左右も均等で文句なしの出来である。
    「ありがとうございます」
     台車で届けるいなやガムテープを跨ぐように送付票をベタッと貼るあんずの行動を見て、斑は思わず真顔になった。
     いや、褒めてほしかったわけではない。ただ不機嫌になるのを抑えられないだけだ。
     そんな言い訳すら子どもじみている。こんな子どもみたいな性格が自分の中にあるなんて、と、斑は自身の感情の出どころを分析しながらあんずのテキパキとした作業を見守った。
    「よし。これで終わりです。手伝ってもらったので早くできました。ありがとうございます」
    「うん。きちんと終われてなによりだ」
     あんずの一言に気分が左右されていて、まるで親や教師の顔色をうかがっているみたいだと斑は思った。瞬時にそれは本来の自分の姿ではない、と否定した。
     後ろめたい部分はあるけれど、それでもあんずと対等になりたいのが斑の気持ちだったから。
     それに見方を変えれば、彼女の言うとおり、仕事をスムーズに終わらせる手伝いができたとも言えるのだから、満足していいのだ。
    「次の現場に行きましょうか。荷物取ってきます」
    「ああ。傘も持ってきたほうがいいぞお」
     そうして声を掛け合って、次の仕事へ向かう。それを受け入れていしまっている自分のことを、斑は不思議に感じていた。

     そして――二週間後。
     事務所で動画を確認している斑のもとに、あんずが書類を抱えてやってきた。
    「雑誌の編集部から届いた、アンケートの集計結果です。目を通してください」
     サインを入れた百枚のポスターは、読者プレゼントの賞品としてファンに送られた。応募にはアンケートが必須で、あんずから渡された資料にはそのアンケートをもとにグラフや感想、メッセージなどがまとめられていた。
    「ふむふむ。おおむね予想通りだが、やはり動画の感想が大半を占めるなあ」
    「過去の写真について書かれていると、続けて追ってくれているのがわかって嬉しいですね。『次回はこんな写真がいい!』なんて具体案もあって面白いです」
    「正直、百枚ももらい手が見つかるのかと不安だったが……」
    「そうだったんですか?」
    「返品されないかと不安だったなあ」
     顎をかく斑にあんずは、資料を見るように促す。
    「アンケートの総数見てください。ここ半年の平均より二倍の応募がありました」
    「ありがたいことだなあ」
    「この雑誌を買うのが初めて、又は2〜3回目という人の人数も多いそうです。編集長もありがたがってましたよ」
    「うんうん。俺の仕事で誰かが幸せになるのはいいことだ」
     資料を机に置くと、あんずは斑の目を見た。残念そうにしているのを斑は不思議に思ったが、それは報告の内容に理由があった。
    「雑誌のSNSに投稿した動画は来月には削除されるとのことです。こちらは内密にお願いします」
    「え。あ、いや、俺もずっと見られるのは恥ずかしいというか照れくさいからそれは構わないんだが……意外だと思ってなあ」
    「先月号の宣伝として掲載許可が降りただけなので。編集部はもう次号の仕事をしているようでしたから」
    「なるほど。俺はもう用済みってわけだ」
    「もう、なんでそんな言い方するんですか」
     瞬間的な熱狂は収まっているとはいえ、現在も視聴者やリアクションはあって、実際二人の傍らでつけっぱなしのスマホの画面上でも、その数字は増え続けている。
     サインを入れているだけの素朴な動画がヒットしているのは、あんずの撮り方と編集部の紹介文の成果だ。
    「でも、おかげで同じ会社の音楽雑誌にインタビュー取材が決まりました。詳細は追って連絡します」
     にこにこと満足そうな微笑みを見せるあんずに、斑の表情にも自然と笑みが溢れる。誰かのためにしたことが連鎖して、それでこの業界の仕事は成っていくのだと教え込まれているようだった。
    「ありがとう、あんずさん」
     誰かと対等でいるには、何かに縛られなければいけないと斑は思う。それが鬱陶しくて、壊して、暴れ出してしまいたくもあるけれど。
     それでも自分がやりたいことは、今は、あんずといっしょにいることだと思うから。
     嘘を吐き続けることでも、後ろめたい気持ちを引きずるわけでもない。
     感謝しよう。君にしてもらったみたいに。そうしてゆるやかに生きていけたらいい。
     そうして斑は肩をすくめるようにして笑った。


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