降志ワンライ:「夏祭り」「ラーメン」 21時頃まで聞こえていた祭囃子の音も止んで久しい時間に、その男はやってきた。
チャイムの音に玄関を開けると、夏の夜の蒸し暑い外気が一気になだれ込む。
うだるような空気と供に現れた彼は、開口一番「ごめん!!」と頭を下げた。
金色の髪、褐色の肌。一目見ただけでも整った精悍な顔立ちに、今は少々疲労と、自責の念を滲ませているその男の名を、降谷という。
迎え入れた志保はというと、ドタキャンの憂き目にあって帰宅後、未だ着替えていなかった浴衣姿のままだ。
「本当にごめん、この埋め合わせは必ず…!」
「…いいから、入って。開けっ放しだと暑いのよ」
ため息交じりに彼を部屋に促せば、落ち込んだ顔のままトボトボとついてくる。
自分よりずっと背の高いはずの彼が、まるで捨てられた子犬のようで、可笑しい。
「晩ごはんは食べたの?」
「いや、まだ…」
「私もよ。埋め合わせに何か作ってくれる? 流石にこのままだから、作りづらいわ」
「……仰せのままに」
紺の波模様に菖蒲柄の落ち着いた色合いの浴衣は、今日のために買いそろえたものだったが、夏の花火大会を彩る景色に溶け込むことは叶わず、今はただ一人、恋人の前にだけ晒されている。
サラリと触れる裾は心地よいが、揺れ動く袖は水仕事には不向きだ。
「……って、何も無いんだけど」
項垂れていた筈の男は、食事の支度という任務を与えられて多少は元気を取り戻したようだった。
勝手知ったる人の家とばかりに冷蔵庫を覗き、その空っぽの中身に呆れた声を響かせる。
「今日の縁日で食べようと思っていたから、買い出し行ってないのよ」
「にしても明日の朝の分まで何もないじゃないか。せめてパンくらい…」
「あなたのところに泊まる予定だったし」
「……なるほど」
それ以上降谷は何も言わず、冷蔵庫をぱたりと閉じると、
常温の食品をしまっている戸棚を開く。インスタントラーメンが二袋。
テキパキと調理を進め、あっという間にダイニングに二人分の夕飯――もう夜食だが――が整えられた。
「こんな時間に食べるには勇気がいる代物ね」
「何も無かったんだから仕方ない……いや、元はと言えば僕が悪いんだけど」
「仕方がないわ。今日中に会えただけでも僥倖と思っておきましょう」
ふうふう、ずるずる。
真夏の夜、エアコンの効いた室内で食べる雑な味は、なかなかに趣深かった。
おくれ毛を耳にかけながらちゅるちゅると麺をすする志保の浴衣姿は
見慣れた彼女の家という日常において非日常で、どこか艶っぽく、美しい。
「志保」
「なに?」
「待っててくれて、ありがとう」
耳が熱いのは、ラーメンの熱さでも、外のうだるような暑さのせいでもないだろう。
本来の待ち合わせは、4時間前。
その間をずっと、この姿のまま待っていてくれた恋人の可愛らしさに、
降谷はじんわりと幸せを噛みしめた。