資材の買い出し班に紛れ込んで訪れた街。
通常通りに資材搬入のために動き出した買い出し班と一時別れ、ドクターは護衛を伴い街を散策していた。
「いい加減不機嫌そうな顔やめてほしいなぁ」
「・・・・・・」
『不機嫌そう、っていうより不機嫌じゃねぇの?あれは』
「でもさー、流石に気分転換したいじゃない?」
『俺に言うなよー』
誰もなにも居ない空間から聞こえる声に応対しつつ、ドクターは露店でいくつかの雑誌と新聞を購入してなにもない空間に手渡した。
何もない空間―――そこに控えていたイーサンがショルダーバッグへとドクターが購入したものを詰め込んでいく。
情報収集はやはり現地で鮮度のある方が良い。
もう一人の護衛役であるグラベルにも情報収集をお願いしてはある。
護衛が護衛対象から離れることに渋々ではあったが。
彼女に目星の情報屋から情報を買ってもらっている間に、ドクターもドクターで情報収集をしているのだ。
「それじゃあイーサン、グラベルと合流して買い出し班との合流ポイントに向かって」
『・・・・・・けどよ』
「だいじょぶ、だいじょぶ。そこの不機嫌そうなお兄さんがいるから」
それはそれで不安なんだ、とは本人がいるので言えず。
信用が無いか、といえばそうでもなく。
ただ、これ以上言って時間を無駄にしてはドクターが今考えていることの邪魔となってしまうのも確か。
『ちゃんと無事に戻って来いよ』
「うん」
『頼んだからな!』
前の言葉はドクターへ、後の言葉は今も不機嫌な顔をしたもう一人の護衛へ。
気配もなにも感じられないドクターは笑みを浮かべたまま不機嫌顔の護衛へと視線を向けた。
イーサンは無事に抜けられたかな、という問いかけに「あぁ」と一言だけ頷いて返す。
どこの土地にも言えることだが、得体の知らない集団が自分たちの縄張りをうろうろしているだけで気に入らない組織と言うものはいくらでもある。
今視界に捉えたこちらを包囲しているとおぼしき男たちの姿にドクターは小さくため息をもらした。
「さすがにまだ何もしてないの追いかけられるなんて」
「まだ、というあたりがタチが悪いな」
「いやいや本当だって。なにより、この街にウチの支部はまだないし」
だから本当にドクターには今の状況に心当たりが無いのだ。
その言葉を信じたのか、それともまたいつもの戯言かと聞き流したのか。
さて、どうしようかなぁ、と。
フェイスガードに覆われた頭を右へ傾け取りうる道を選択し、左へ傾け何が最善か思考する。
そういえば、さっき購入した雑誌に美味しいケーキ屋があると紹介されていた。
場所は買い出し班との合流ポイントの中間。
それを考慮しながら、じりじりと包囲の幅を狭めてくる集団を一瞥する。
「・・・・・・で、どうするんだ?」
斬るのか、と柄に手をかける護衛―――エンカクに問われ、ドクターは首を横に振った。
「出来ればことを荒立てたくないかなぁ。あっちがどこの組織の者かわからないし」
「ならば逃げるか?」
やや嘲笑を浮かべてドクターを見据える焔色の双眸。
それにフェイスガードの下でにっこりとほほ笑み「もちろん」と肯定する。
ただ、ひとりくらい捕まえて『お話をお伺い』してもいいかもしれないなぁ、とタプタプと端末で街に出ている職員に帰還の指示をだす。
確か手伝いに前衛オペレーターが数名ついていたはずだから、できうる限り襲撃者の捕縛のお願いも付け加えておいた。
「君は、そういうの出来るだろうけど、好きじゃないだろうしねぇ」
「・・・・・・」
なんのことだ、と視線で問われるがそれには応えず、防護服のポケットに手をいれて歩き出した。
途中可愛らしいクッキーを購入したのは、決して帰還してからのお説教が怖かったわけではない。
断じて。
路地や店、流れる人混みを利用して少しずつ追手を撒いていく。
長身で目立つエンカクがいるというのに、こちらを捕えることのできない追手にその技量を推しはかる。
「・・・・・・あ、エンカク」
「なんだ」
「ちょっとそこ寄ってくよー」
「・・・・・・、は?」
見るからに女性客の多いケーキ店。
目に映る状況に一瞬だけ躊躇ったエンカクだったが、渋々嫌々とドクターのあとに続いた。
その姿が少しだけ可愛く見えてしまい、ドクターは思わず笑みを漏らす。
「帰ったら一緒に食べようか」
「・・・・・・断る」
「雑誌に本当に美味しい有名パティシエのお店、って書いてあったんだよ?」
「俺には、関係ない」
確かにそれはその通り。
それでもきっと、コーヒーには付き合ってくれるだろうからお誘いの言葉はそこで止める。
ケーキを買い終えてちらりと店の外へと視線を流せば、追いかけてきた男たちがドクターとエンカクを探している様子が見て取れた。
ここは仕方ない、とフェイスガードを取り店員へと声をかける。
「あの、すみません・・・・・・」
出来るだけ気弱に見えるように、淡く笑みを浮かべて。
「お店の外に、なんか怖い顔をした男のひとたちいません?」
「え、えぇ・・・・・・」
「さっき同僚と道を歩いていたら急に難癖付けられちゃって。ここまでくれば追ってこないだろう、って思ってたんですけど・・・・・・」
ここのケーキすごい楽しみに来たのに。
怯えて見せれば、店員の正義感を引き出すことに成功したのか「裏口から出て良いですよ」とこっそり店の奥へと案内してくれた。
ついでに警察を呼んでおきましょう、という言葉に感謝の意を告げて二人は店の裏口から外へと出る。
外に出て、フェイスガードを付けなおしていれば、少し上の方から呆れた声が落とされた。
「・・・・・・ペテン師」
「嘘は何一つ言ってないじゃない」
「よく言う」
他愛のない言い合いをしながら二人、路地を歩き進んでいく。
大した被害もなく。
先ほど確認した端末には買い出し班はすでに合流ポイントに戻ってきており、数名の怪しげな男も捉えたと報告があった。
ついでグラベルとイーサンからも無事を問うメッセージに、もう少しで合流できるという返事を出したので大丈夫だろう。
さてはて、捕えたカードを捲ってみたら一体なにが出てくるのだろう。
そんなことを考えていれば、隣を歩く長身から「悪い顔だな」と声が聞こえた。
フェイスガードでこちらの顔なんて碌に見えないだろうに。
けれどドクターは「こんなに真面目な私を捕まえて失礼なやつだな」と、笑みを含んで返せばエンカクは疲れたような、呆れたようなため息を漏らして。
「その言葉、艦に戻ってあの代表の小娘を前に同じことが言えるなら好きにしろ」
ポケットから取り出したエンカクの端末に、可愛いかわいいCEOから映像回線が繋がっていたことに、ドクターはほんの少しだけ心臓が縮み上がったような気分を味わっていた。