【曦澄】大事なものだから「……ない……!」
何度見てもない。慌てて周りに落ちていないか探してみたが、見つからない。
江澄は青ざめた。
「ど、どこに行ったんだ……っ」
おかしい。昨夜、明日はこれをつけるからと出しておいたはず。それから今まで、手に取ったりはしていなかったはずだ。
ベッドサイドチェストの上の、空っぽになっているジュエリー用のトレーを、江澄は信じられない思いで見つめた。
失くしてしまったのは藍渙からもらったアメジストのピアスとリングだ。誕生日祝いにと揃いで贈られたそれらは、控えめなサイズながらも美しく光る石のカットが気に入っていた。
とても精巧な技術で、石や台座の留具が滑らかな手触りに仕上げられており、阿凌が触っても怪我をしないのも良い。藍渙が自分たちのことを考えて選んでくれたのだとよくわかる。
その気遣いが嬉しくて、だから、彼と出かける時はいつも身に着けるようにしていた。気に入ってくれているんだねと、嬉しそうにはにかむ笑顔が見たくて。
それなのに。
着け忘れるどころか、失くしてしまうだなんて。
とにかくもう一度探そう。
諦め悪く探し回るも、見つからない。苛立ちと焦りが募り、思わず枕に八つ当たりしたところで、玄関の呼び鈴が鳴った。
「藍渙、すまない……」
「うん? どうしたの?」
出迎えの開口一番に沈んだ面持ちで謝られ、いったいどうしたのかと藍渙は困惑した。
もしや出かける約束が難しくなってしまったのかと問えば、違う、そうじゃないと首を振られる。
「何があったんだい?」
とても落ち込んでいる恋人に、とにかく事情を聞こうと、藍渙はリビングの椅子を引いた。江澄を座らせる。
「……貴方からもらったピアスが見つからないんだ。揃いの指輪も」
どこかにやってしまったみたいで。昨夜までは確かにあったのに、探しても見つからない。
すっかり気落ちして項垂れる江澄に、とりあえず何か健康面での問題ではなかったと藍渙はほっと安堵の息をついた。
「昨日の夜まではあったの?」
「ああ。今日、着けていこうと思って出しておいたんだ。朝起きた時もあったように思う。着替えて、着けようとしたら、出しておいたはずの場所から失くなっていたんだ」
「そうなんだね。じゃあきっと家の中のどこかにあるよ」
落ち着いて探したら出てくるんじゃないかな。
宥めるように肩を撫でる。だが、江澄は力なく首を横に振った。
「かなり探したんだ。でも、出て来ない。ベッドの下も見たんだが……」
「大丈夫だよ、きっと見つかる。こういうものって、どんなに探しても見つからなかったのに、後からふっと出てきたりするでしょう?」
だから大丈夫だよ。あまり気に病まないでと、慰めてくれる藍渙に、ようやく江澄は苦く笑みを浮かべた。
「だと良いんだがな」
「家の中にあるのは確かなんでしょう? 大丈夫だよ」
「ああ」
気持ちが落ち着いたのか、抱きしめた腕に甘えるように江澄が寄りかかってくる。
ホッとして、その滑らかな髪に顔を埋めていると、あー、らんほぁん来たー! と奥の部屋から出てきた金凌がはしゃいだ声を上げた。
「こんにちは、阿凌。偉いね、お着替えはもう済んだのかい?」
「うん! じうじうもおきがえ、おわった?」
「あ、ああ」
「じゃあ、はい! これ!」
つけるでしょ?
そう言って金凌が得意げに出してきたのは、先程まで江澄が必死に探していたピアスとリングだった。
「あ、阿凌! お前が持っていたのか?!」
江澄が驚きに声を張り上げる。大きく目を見開き、金凌の手の中にある箱を取り上げた。箱の中を凝視する。
「うん!」
驚愕する江澄をよそに、金凌はにこにこと笑っていた。
「それ、じうじうのだいじなものでしょ? だからあーりんの宝ばこの中にしまっておいてあげたの」
なくしたらたいへんだもんね!
得意げに胸を張る幼子に、江澄は安堵と脱力が同時に来て、膝から崩れ落ちた。
「阿凌……」
元はお菓子の入っていた箱だ。きれいな飾りのついた箱を金凌がいたく気に入って、宝物入れにすると取っておいたもの。その中に、アメジストのピアスとリングが大事そうに入れられていた。
子どもの純然たる好意に怒ることもできず、江澄はがっくりと項垂れる。
良かった。とにかく見つかって良かった。
金凌はとても良いことをしたと誇らしげな顔をしている。藍渙はすぐには立ち直れないでいる江澄に代わって、偉いねと幼子の頭を撫でてやった。
「すまない。騒がせた……」
揃ってアパートから出つつ、江澄が決まり悪げに顔を俯かせる。その耳にはアメジストのピアスが光っていた。
江澄の瞳に合わせたそれはやはりとても似合っている。無事に見つかってよかったじゃないかと藍渙は少し丸まった背中を撫でた。
「貴方がとても必死に探してくれたのが嬉しかったよ。気に入ってくれてありがとう」
照れたように笑う藍渙に、貴方がくれたものだし、それに、これを着けている俺を見るのが貴方は好きだろうとは流石に口にはできず、江澄は赤くなった顔をごまかすように、お出かけにはしゃぐ金凌の手をそっと握りしめた。