ワンドロお題「レクイエム」年に一度、ヒュンケルが絶対にひとに会わない日がある。
「勇者の日」と呼ばれる祝祭の日。
旧魔王軍を打ち滅ぼした栄誉を称える鐘の音が鳴り響く。人里離れた山奥にも、その音がどこからか響く。人間にとっては祝祭の口実は何でもいいのだ。
ヒュンケルの生い立ちは、実はあまり知られていない。
本人も、本人から直接聞いたダイ・ポップ・マァムも、口外していないからだ。深い仲となったラーハルトは知っているが、勿論誰にも話していない。
だからこの日が彼にとってどういう意味を持つのか、レオナですら知らない。
この日になると、ヒュンケルはどこか一人きりになれる所に籠る。旅先であればどこかの穴倉か、樹々の中か。
街中であればどこかの倉庫か。
今は、ほぼそれ用の、光の入らない寝床しかない部屋に。
淀んだ瞳で、己に禁じた暗黒闘気を滲ませて。
それでいい、とラーハルトは思う。
ラーハルトとてヒュンケルの境遇は想像不能の領域だ。軽々に気持ちが解る、とは言えない。
(多分)
その部屋を時々見やりながら、こまごまとした家事を片付けながら、思索にふける。
(母が実は悪い魔女だった…とかだったら解る気持ちだろうか)
大事な家族は邪悪で排除すべき汚物のように扱われ、それについて異議を申し立てるわけにもいかない。
年端のいかない幼子の精神にどのような負荷がかかったか、想像するのも躊躇われる。
(俺の境遇も大概だが、面倒くささは奴の方が上だな…)
バランと出会って人間性をすっぱり捨てることのできたラーハルトにはそう思える。
ヒュンケルは「それは復讐のために必要だっただけで大した問題ではない」と言いそうではあるが。
日が落ちても、祝祭はやまない。寧ろ夜が本番だ。
いつも、祝祭の気配が止むまでヒュンケルは出てこない。ラーハルトはいつもそれをそのままにしていた。触れてはいけない領域だと思っているからだ。だが。
暗闇の中、耳を塞いで、かつての家族と…何より自分の魂を闇で鎮めているであろうその姿を思い浮かべながら、ラーハルトは初めてドアノブを握った。
何年もこの行事に付き合い、ただ見守るだけでいたその習慣を、今破る。
…逆鱗の可能性もあるので、これで関係が終わるかもしれないが。下手したら闘気で殺されるかもしれないが。
純粋に寄り添いたいがために一歩を踏み出しているのだが、闘いの高揚感が隠しきれないのが何とも救いがたいー少し苦笑しながら扉を開けた。
その行動の光景が、心の幼子がずっと待っていた「お迎えの光景」だったと知るのは、少し後の話。