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    onsen

    @invizm

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    onsen

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    クロラム
    エイプリルフールの話
    初出2021/4/1 支部

    #クロラム
    chloroform
    ##怪ラム

    嘘から一番遠い場所 春の陽気に誘われて、入口と客間の障子を開け放った。まだひんやりとした、それでも爽やかな風が吹き抜ける。空も清々しく澄み渡り、心が洗われるようというのはこういう天気を指すのかもしれない。洗う必要があるほど汚れているとは思っていないが。
     なのに、先生の口から出たのは、予想外の言葉。
    「来週あたりから患者が増えんだろーな。繁忙期になるから覚悟しろよ、クロ」
    「え?」
     多少の気分の落ち込みならこの天気だけでも晴れてしまいそうなほどなのに。
    「新年度だからですか?」
    「まあそれもあるな。新しい環境に馴染むのもストレスだし、誰かと離れ離れになる時期でもあるしな。五月病って言うだろ?」
     そう話す先生はだらりと椅子に座りながら、しかし一般論を語る人物ではなく、怪病医としての顔に変わる。
    「あと、今日は何の日だ?」
     何の日。特に祝日ではない。自分がこんな真っ昼間からここにいるのは、春休みだからだ。さて、4月1日……と考えても、ごくごく普通のことしか浮かんでこない。
    「エイプリルフールとトレーニングの日ぐらいしか思いつきません」
    「トレーニングの日なんかあるのかよ。怪病の原因になるのは、エイプリルフールのほうだ」
    「どうしてそれで患者が増えるんです?」
     いまひとつピンとこなくて、スイッチが入った顔の先生に尋ねる。嘘をついてもいい日にたわいもない嘘をついたところで、そういうイベントだとしか思っていない。何が楽しいのかもよくわからないけれど。
    「嘘かホントかわからないことを言うのは、嘘をつく側もつかれる側も、すげーストレスだからだよ。誰がどうみても嘘なら問題ねえ。でも、この日に乗じて、本音かどうかわからねえ言いづれーこと、言う奴がいるんだよ。たとえば、『あなたのことが好き』とか、逆に『おまえなんて嫌いだ』とか。言われたほうはどう受け取ればいいのかわかんねーし、言ったほうだって、相手にどう伝わったかわかんねーから後々で悩む。それで変に拗れちまって、怪に入り込まれちまう奴が、毎年何人かいるんだよ。相手のいることだから取り返しがつかねえこともあるし、症例としては厄介な部類だな」
    「面倒くさいですね」
    「なんでそういうことしちまうんだかな」
     先生が呆れたように、深いため息をつく。クロには理解できない。大切なことを嘘で包んでしまうのがどれだけ大変なことなのかは、散々この診療所でも見ていることだし、幼いころの自分を思えば他人事ではない。
     それに、今。伝えたいことが、けれど伝えられないままで、この心に大きく居座っているから、尚更。
     まだ、正直にぶつけることはできない。拒絶されたら生きていけない。けれど、嘘でくるんでしまうなんてできない。そんなことをして伝えたところで、何の意味もない。
     だから、今は心の中で、ゆっくり寝かせて、伝えるべき時を待っている。その伝えるべき時が、受け入れてもらえるという確信を持った時なのか、受け入れさせてみせるという勇気に支えられたものなのか、あるいは、拒絶されても生きていけると覚悟を決めた時なのかは、まだわからないけれど。
    「ま、今週は嵐の前の静けさだと思ってのんびりしよーぜ。……あ、そうだ」
     かちり、先生のスイッチが切り替わった音が、声というかたちで聞こえた。
    「嘘つこーぜクロ」
    「は?」
     今の今こんな話をしたばかりなのに? 怪訝な顔をすると、先生はにやにや笑いながら続ける。
    「面白い嘘ついて相手を笑わせたほうが勝ちな。えーっっとー……隣の家に囲いができたぞ」
    「かっこいいんですか?」
    「布団が吹っ飛んだらしいぞ」
    「春の嵐には遅いですね。……勝った方が負けた方にデコピンでいいですか?」
    「……その嘘面白くねえな」
    「まだその勝負に乗るとは言ってないので、本気です」
     親指で人差し指を押さえる仕草をすると、ひぃ、と涙目になりながらも、絶対負けねえ、と次から次へとと同じようなネタを繰り出してくる。そう長くない時間のあと、額に赤い跡をつけた先生が涙目になりながら、今日の昼飯は菜の花とホタルイカのペペロンチーノな、と言いながらとぼとぼと奥へ向かう。それが本当のことなのだと、先程冷蔵庫を開けたから知っている。
     先生は誠実だけど時々嘘つきだ。患者に心配や罪の意識を抱かせないための嘘なら平気でついてしまう。つまりは、自分だけが代償を支払う嘘。それがクロをも傷つけていることに気がつく日はくるのだろうか。いつか、クロに心配をかけないために、嘘をついてしまう時が来てしまうかもしれない。そのとき、自分はちゃんと見抜いて、質すことはできるだろうか。
     自分が先生に嘘をつくことはないけれど、まだ言えない言葉はある。いつか必ず伝えるんだ、という自分の誓いを、嘘にしないで済むだろうか。
    「先生のご飯、いつも美味しいから楽しみです」
     手伝いをするため後を追いながらそんなことを言えば、先生のただでさえ大きい目が真ん丸に開かれる。これは、誰がどう考えても疑いようのない、本当のこと。
    「おう。いつもクロが旨そうに食ってくれっから、作ってて楽しいぞ」
     満面の笑顔で返ってきた言葉も、本当のことだと知っている。
     この場所には、嘘がひとつもなければいいと、心から思う。
     お互いの本当も嘘も、全部わかるようになりたい。そうなれたときにこそ、隠し事もなく、自分の本当の気持ちを伝える。先生を心から好きだという気持ちも、この願いも、なにも混じり気のない、本当のこと。
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    onsen

    DONEクラファ仲良し
    クラファの3人が無人島で遭難する夢を見る話です。
    夢オチです(超重要)。
    元ネタは中の人ラジオの選挙演説です。
    「最終的に食料にされると思った…」「生き延びるのは大切だからな」のやりとりが元ネタのシーンがあります(夢ですが)。なんでも許せる方向けで自己責任でお願いします。

    初出 2022/5/6 支部
    ひとりぼっちの夢の話と、僕らみんなのほんとの話 --これは、夢の話。

    「ねえ、鋭心先輩」
     ぼやけた視界に見えるのは、鋭心先輩の赤い髪。もう、手も足も動かない。ここは南の島のはずなのに、多分きっとひどく寒くて、お腹が空いて、赤黒くなった脚が痛い。声だけはしっかり出た。
    「なんだ、秀」
     ぎゅっと手を握ってくれたけれど、それを握り返すことができない。それができたらきっと、助かる気がするのに。これはもう、助かることのできない世界なんだなとわかった。
     鋭心先輩とふたり、無人島にいた。百々人先輩は東京にいる。ふたりで協力して生き延びようと誓った。
     俺はこの島に超能力を持ってきた。魚を獲り、木を切り倒し、知識を寄せ合って食べられる植物を集め、雨風を凌げる小屋を建てた。よくわからない海洋生物も食べた。頭部の発熱器官は鍋を温めるのに使えた。俺たちなら当然生き延びられると励ましあった。だけど。
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    onsen

    DONE百々秀

    百々秀未満の百々人と天峰の話です。自己解釈全開なのでご注意ください。
    トラブルでロケ先にふたりで泊まることになった百々人と天峰。

    初出2022/2/17 支部
    夜更けの旋律 大した力もないこの腕でさえ、今ならへし折ることができるんじゃないか。だらりと下がった猫のような口元。穏やかな呼吸。手のひらから伝わる、彼の音楽みたいに力強くリズムを刻む、脈。深い眠りの中にいる彼を見ていて、そんな衝動に襲われた。
     湧き上がるそれに、指先が震える。けれど、その震えが首筋に伝わってもなお、瞼一つ動かしもせず、それどころか他人の体温にか、ゆっくりと上がる口角。
     これから革命者になるはずの少年を、もしもこの手にかけたなら、「世界で一番」悪い子ぐらいにならなれるのだろうか。
     欲しいものを何ひとつ掴めたことのないこの指が、彼の喉元へと伸びていく。

     その日は珍しく、天峰とふたりきりの帰途だった。プロデューサーはもふもふえんの地方ライブに付き添い、眉見は地方ロケが終わるとすぐに新幹線に飛び乗り、今頃はどこかの番組のひな壇の上、爪痕を残すチャンスを窺っているはずだ。日頃の素行の賜物、22時におうちに帰れる時間の新幹線までならおふたりで遊んできても良いですよ! と言われた百々人と天峰は、高校生の胃袋でもって名物をいろいろと食べ歩き、いろんなアイドルが頻繁に行く場所だからもう持ってるかもしれないな、と思いながらも、プロデューサーのためにお土産を買った。きっと仕事柄、ボールペンならいくらあっても困らないはずだ。チャームがついているものは、捨てにくそうだし。隣で天峰は家族のためにだろうか、袋ごと温めれば食べられる煮物の類が入った紙袋を持ってほくほくした顔をしていた。
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