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    roziura3

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    roziura3

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    降志。電気が落ちた夜の研究室での二人の対話。ただ二人がグダグダ喋っているだけ。
    仮題は「夜の王様」。ラストまでいってからタイトルを変えました。

    #降志
    would-be

    真夜中のカウントダウン夜という人生の終わりがとても穏やかだったとしても、簡単に気持ちのいい夜の中に入り込んではならない。

    「あ」

    ブゥン、という虫の羽ばたきにも似た音を最後に、蛍光灯は落ちた。研究室には私ひとりしかいないのに、チリチリ光る主張を見て見ぬふりしていた罰が祟った。手元の珈琲はまだ入れたばかりで湯気が立っている。それを零さぬよう動かずにいれば段々と夜目が効いてきて、窓辺から差し込む薄明るい月光を頼りにカップを机に戻すことができた。

    夜に、じんわりと月を見上げるなんて久々のことだ。格子状に六つに割れた窓枠の隙間から、左上が欠けた月が雲にたなびき身を隠す。あの月と話ができたら、と頭に浮かんだ。そして、それはどこからきた発想だっけと自分の思考の発端を追いかける。

    「宮野さん、いるのか」

    静寂を割る、控えめなノックが二回。思わず息を止めて、扉の向こうをじっと睨む。上部のスモークガラスから見える背の高い人影。真っ暗な室内の様子はあちらからも自明だろう。
    そこにいるのは、間違いなく降谷零だ。もう声だけでわかってしまう。私はそのまま気配を消して、居留守を使うことにした。毎度酷使されているのだし、遇には無視してしまいたい。

    「帰ったかな…」

    忙しい人だからこそ判断は素早く、その後すぐに靴音は遠ざかった。ホッとしたような、少し不安なような。真っ暗な部屋から出るチャンスだったのに。綯い交ぜになった気持ちでまた夜空を見上げる。わずかに窓を開けると、夏の夜の湿った空気と鈴虫の音色が部屋へと流れ込んできた。もう秋が近い。

    「穏やかな夜だわ…」
    「そうだね」
    「……」

    ひとりごとにまさかの返事があった。しかし振り向いてはならない。先週の土曜、研究室の同僚たちに呼び出された。職場内コミュニケーションの一環らしいが、実態はグループデートの数合わせだった。選択肢などなく、観たのはアメリカで人気のホラー映画。その夜はお風呂場でも鏡を見れなかった。だって背後になにかいたら怖い。あのときと同じ恐ろしさが心音を高まらせる。死亡フラグってやつよ、これ。

    とはいえ声の主はわかっていた。息を止めてゆっくり振り向くと、先程去ったはずの男がやはりそこにいて、別の意味で顔が強張った。

    「気配には敏感な方じゃなかったか」
    「……あなたは気配を消すのがうますぎよ」
    「それはどうも」

    バサバサと豪快な音を立てながら追加資料が机に積まれてしまった。言い訳はできない。これらを黙ってこなすことが、私がやがて自由になるための引換券だ。
    いつか訪れるその日まで、私の身寄りは降谷零ただひとりで、友人は中庭の野良猫だけ。きっと探偵になったであろう工藤新一も、小学三年生になって間もないかつての友人たちも、恩師も、今どうしているのか私にはめっぽうわからない。知らせないのは彼の真面目さ故で、たぶん優しさでもあるんだと思う。

    「新しい蛍光灯は?」
    「お生憎様。明日にならないと無理ね。流石に用具室の鍵は持ってないわ」
    「ふむ。宵闇の中で見ると、きみは随分神秘的だ」
    「白衣が月光に反射してるんじゃない」
    「そうかな」

    表情が影で紛れていても、相手が笑えば気配でわかるようになった。笑い方が安室とは違う。今の彼は目尻に皺を作って少し眩しそうに笑う。それは相手が私だからなのかもしれない。気のおけない人には、もっと豪快に大口を開けて笑うのかも。笑い顔を見る度に想像した。

    安室透には現れなかった断片だけど、降谷零という男は随分と真面目で堅苦しく、女神信仰の気がある。幼い頃の初恋を大事に胸にしまったまま成長してしまったような人。自分と同じだからわかる。だから大丈夫だと高を括っていて、けれどこちらの雲行きはだんだん怪しくなっている。
    最初の違和感は確か夏のはじめだった。タンクトップ姿で仕事をしていた時に、何もいわずに肩に上着をかけられた。夏用でも重たい男物のジャケット。彼の匂いがして、嫌じゃないなと思った。そして、気を許しつつあることに気付いた。ゾワッと背筋を悪い予感が駆け上がる。それきり、距離を詰めることには慎重になっている。

    常に、感情を乱すことなく紳士的で、異性の指に偶然触れてしまうことにすら謝罪するような男なのに、その夜は服装も乱れて気安い雰囲気を醸し出していた。彼がテーブルに腕をついた折、近づいた手指から体温を感じとって生じた私の困惑にさえ、息を吐いて笑ってみせた。疲労と諦観。
    もういいか、とその人の唇から言葉がこぼれた気がしたけど、見上げても長い金髪に瞳は隠されていて、読み取れるものなどなかった。月の光で神秘的なのは、はてどちらだ。

    「"あの穏やかな夜におとなしく身を任せてはいけない"って、ディラン・トマスだっけ。こういう夜のことかな」
    「…何」
    「ちょっと、疲れた」

    ふー…、と長く溜息が漏れる。その人の相貌は不思議と寂しそうに見えた。何かを諦めているような、別れを惜しむような、疲れ果てて声も出ないような、たったひとつの表情で相手をざわつかせる演技者のそれ。見惚れていると、徐に私の髪を掬って撫でてくる。耳尻を温かな指でなぞられる。その度、夏の初めの日に感じた予感が背筋を粟立たせる。良くないことだ。けれど口には出さない。
    室内に青白い月の光が戻る。あなた、狂わされているんじゃないの、なんて、詩的なことを口にしてしまいそうだった。ジンじゃあるまいし。

    「きみは強い人だから、俺が瀕死の状態になってもう楽になりたいって強請っても、怒って戻れって叫ぶんだろうな」
    「……」
    「怒りが一番の生のエネルギーだって、悔しいことに俺もよく知っている」

    だからきみには何も言わない。最後の時までとっておくんだ。その言葉は耳元で響いた。気づけばすぐ目の前に彼の顔があった。

    例えば甘えたり、すがったり、したっていいものを。私じゃなくても他の誰かに。こんな真夜中に理由をつくってただの小娘に会いにくるより気を許せる恋人なり何なりの元へ行ったほうが健全だろうに。この人はそうしないのだ。知っているから口には出さない。重く積まれた資料はおそらく急ぎではないのだろう。私達は恋人同士ではない。

    けれど、疲れた友人を労うことくらい海外では一般的だし、と珍しくもその時の私は投げやりになっていて、その人の太い首に腕を回すことにした。項を撫でてやると、男の熱い体温がジワリと伝わってくる。抵抗されると思った。自分だったら突然抱え込まれたら絶対振りほどく。彼もそうだと思ったのに、嫌がらずに静止している。大きな熊を慰めている気分になった。喰われない保証などないのに。

    手慰みに金髪を撫でてみると、思ったよりも硬い感触がした。ふわふわのサラサラをイメージしていたので意外だった。それが案外心地よいらしく、彼の力が抜けていく。無理のない程度にのしかかられていて、堅物だと思いこんでいた目の前の男が実は甘え上手なことを知った。

    「腑抜けたこと言ってないで、さっさと大好きなお仕事に戻りなさい」

    背中を撫でながら喝を入れたら、相手の身体が震えた。どうやら笑っているらしい。瀕死の状態になっても怒ってくれ、と先ほど言っていなかったか。急に馬鹿馬鹿しくなって身体を離そうしたところ、気配を察知したのかきつく抱き込まれた。
    全く、なんて夜だろう。常とは違うことばかりが起こる。けれど大きな身体に包まれれば温かく安心して、嫌ではないのだ。悔しいことに。

    「これ、またやって」
    「は?」
    「甘やかしながら叱るの」

    さっきまで絶望的な気分だったけど、まだ頑張れそう、と耳元で囁かれた言葉には返答しなかった。そういうのは恋人にやってもらいなさいよと口に出すこともせず。ただ一時のぬくもりに酔う。私には名前がない。彼の協力者。コードネームの代わりにナンバーをもらった。病院の患者さんみたいに。ファストフードの待ち客みたいに。

    穏やかな夜におとなしく身を任せてはいけない。怒れ。怒れ。博識な私は、本当はディラン・トマスの詩だって諳んじることができる。絶望的な状況でも、そこがどんなに心地よくても、抗って怒って、生きる道を探せと説く親子の詩だ。生への執着。それを私に願ってどうするというのだろう。

    こんなに優しい牢獄でも、きっといつかは去っていく。そこがどんなに気持ちよくて優しい闇の中でも。本当の私達は似た者同士なのに、自分は違うと言い聞かせながら、互いに関心のない演技を続けるのだ。

    もう随分と暗闇に慣れてしまった目に、テーブルに置きっぱなしの珈琲が映った。随分と時間が経ったような気がしていたけれど、まだわずかに湯気が立ち上っていた。あと三十秒だけ、このままでいよう。かつてのかわいい親友は、ある状況下でだけカウントダウンが上手だった。それがどんな場面だったかは、都合よく忘れたふりをした。
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