微睡み春なのに少しひんやりとしている。
寝起きの身体から熱を逃さないために、毛が逆立って温もりを守ろうとする。両腕を擦ると少し温まった。
床は冷たく爪先立ちで廊下を歩く。
キッチンから漂う香ばしい香りに釣られてリビングのドアを開けた。そこには目玉焼きとベーコンを焼く降谷の姿があった。
「おはよう」
「…おはよう」
ニッコリと笑う顔が元気すぎて、昨日帰ってきたのは深夜を回っていたはずだ。
「あんまり寝てないんじゃないの?」
「ご心配なく。これでも二時間は眠れた」
「それ、適正な睡眠時間じゃないんだけど…」
「ショートスリーパーだから大丈夫」
大丈夫な訳ないじゃない…と思いつつ疲れを感じさせない降谷に志保はため息をついた。
テーブルの上にはトマトが入ったサラダに空の白いお皿、牛乳が並べられていた。
高い音が鳴り振り向くと、トースターから食欲をそそるパンの焼けるいい匂いがする。
降谷はトースターの蓋を開けると空だったお皿にトーストを載せた。
手伝いが出来る範囲がなくなってしまった志保は席に着いた。
「牛乳あんまり好きじゃないのよね」
「何言ってるんだ。最近外にも出ないで一日中部屋に閉じ籠って仕事をしているだろう。カルシウム不足で今にも骨が折れそうじゃないか。カルシウムを取れ、カルシウムを」
口煩い降谷の小言を聞き流し、身体が縮んでしまっていた頃の給食を思い出していた。
ミルクとの相性が悪い食材が色々と出てきて頭の中から追い出した。
しぶしぶであるが、降谷の言う通りにコップに口をつけた。
降谷が目玉焼きとベーコンを載せた皿を運んできて席に着く。
二人は手を合わせていただきますをする。
こんがりと焼けたベーコンに目玉焼きの黄身をつけると卵の美味しさと塩味の効いたベーコンをまろやかにする。
シャキシャキのレタスと葉物に玉ねぎのドレッシングがかかったサラダは食欲をそそった。
軽く火が通ったトーストは噛めば、サクッと音を立てた。
志保は全てを平らげると窓から差す太陽の光を浴びるソファーに寝ころんだ。
「こら!食器が片付いてないぞ」
「分かってる。あと五分後に動く」
「ハァー」
説教タイムに入ると思いきや志保が寝ころんでいる間に降谷はテーブルの上を片付けてしまう。
本当に五分後に動く積もりだったのだが片付ける物がないのなら仕方がない。
光の方に右手を翳して透けるように見つめた。青白い手の甲に血管が浮かび上がってきてただそれを見つめている。すると、右手首をグッと掴まれた。
「細すぎる」
「仕方がないじゃない」
「君が標準体重になるまでは僕の作った料理を食べてもらう」
「ハァ?!」
「僕が作れない時は僕が考えたメニューを参考に作ってくれ」
「何を勝手に決めてるの!」
「いいね」
アイスブルーの瞳に見つめられると身動きが取れなくなる。志保は降谷と一番最初に出逢った記憶が脳裏を過る。
手首から伝わる熱が熱くて火傷しそうで温かい。
瞳から伝わる熱も…
言いたい文句も出ずにこくりと頷いた。
それを見た降谷はニッコリと笑った。
その笑顔が何だか眩しくて志保には思わず目を瞑った。
温かい微睡みにまた眠気が襲ってくる。
志保は静かに寝息を立てた。
降谷は志保の額にキスをした。