遠乗り(ヒカテメ) 木々から零れてくる木漏れ日が爽やかな森の中をゆっくりと歩いていく。
普段より高い視線も、揺れるこの場所も落ち着かず不可思議な感覚だ。生き物に乗る、というのは考えてみるとあまり経験したことはなかったかもしれない。
「テメノス、大丈夫か」
「そうですね、思ったよりも緊張しますね」
「そう固くなるな。こやつはそなたを振り落としたりはしない」
ヒカリに遠乗りに誘われて、今は森の中を馬に乗って歩いている。森林浴、といったところか。なかなか贅沢な休息の取り方だ。
馬にひとりでは乗れないし、乗った経験もなかったので馬に跨るテメノスの後ろにぴったりとヒカリがいて、手綱を操る。
「テメノスは馬に乗るのは初めてか?」
「えぇ。巡行の旅は大体徒歩か乗り合いの馬車に乗ることが多いので。今まで機会はありませんでしたね」
馬はゆっくりと歩を進める。穏やかな時間だった。
「それにしても、わざわざ遠乗り用に服まで誂えて頂けるとは…」
テメノスは普段の法衣ではなく、ヒカリと同じようなク国の伝統的な衣装を身に纏っている。
「遠乗り用、というわけではないが…。動きやすい服が、普段着用にあってもよかろう。そなたのために仕立てさせた。城の者も久々に服を仕立てられると喜んでいたのだ。やはり、そなたにはそのような涼やかな色合いの服が似合いだな」
「ありがとうございます。ヒカリも似合ってますよ」
テメノスは淡い青色の衣装を身に纏っていた。ヒカリが言うように目にも涼やかな色で織り込まれた植物の意匠の刺繍も美しく、見事なものだった。
ヒカリも普段の赤いものではなく、テメノスと意匠が同じだが彼のよりも濃紺の布で仕立てられた服を着ていた。
「テメノス、馬に乗ってみた初めての感想は?」
「思ったよりも、快適とは言い難いですが。悪くはないですね。ただ…」
「ただ?」
「今はゆっくりだからいいですが、もっと速く馬が走ったりするとなると少し怖いかもしれません」
「今日はずっとゆっくり歩くから心配せずとも大丈夫だ。速く走ったとして、俺が支えるから心配はない」
「ヒカリを信頼していないわけではないのですが」
こう、ずっとくっついているのがなかなか気恥ずかしいのですよね、とテメノスはヒカリの方を振り向きながら小さくつぶやいた。
「気づいてます? 私の胸ずっと鳴りっぱなしなんですよ」
「…胸は鳴りっぱなしになるものだと思うが……」
「そ、そういうことではなくてですね…」
「ふふ、冗談だ」
「あなたも冗談なんて、言うのですね」
「俺としては、こうしてくっついている方が楽しいのだが。なにせこの遠乗りの所謂でぇと、というやつであるから」
「…!?」
ヒカリが、テメノスの腰を後ろからぎゅっと抱き寄せる。抱き寄せられたまま、テメノスがじとりとヒカリを見るがヒカリは全く意に介していない様子だった。
「……私も、馬に乗る練習をしましょうか。あなたと並んで馬を駆けるのも楽しそうです」
「それは、困るな。こうしてくっついていられなくなる」
「馬に乗っていないときにくっついていたらいいでしょう?」
それもそうかと、くすくすと笑いあう声が緑溢れる森の中に響き渡る。栗色の毛並みを震わせて、馬は馬上の恋人たちにもうたくさんばかりに首をぶるると振った。