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    BMB垢 ルクアロ前提チェズモクの人
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    life is yet unknown.

    モクマさんの手について。
    諸君がワヤワヤやってるのが好きです。

    #チェズモク
    chesmok

     事の起こりは、路傍の『それ』にルークが興味を示したことだ。

    「モクマさん、あれは何でしょう?」
     大祭KAGURAから数週間後・ブロッサム繁華街。
     夜とはまた趣を異にする昼時の雑踏は穏やかながら活気に満ちている。人々の隙間から少し背伸びしてルークの視線に倣うと、路地の入り口、布を敷いた簡素なテーブルを挟んで観光客と商売人らしい組み合わせが何やら神妙な顔を突き合わせているのが見て取れた。手に手を取って随分と熱心な様子だが、色恋沙汰でもなさそうで。
    「観光地ともなれば路上での商いはいろいろあるけども。ありゃあ……手相を見てるんだな」
    「手相……様々ある占いの中で、手指の形や手のひらに現れる線からその人を読み解くといったものですね」
     両腕に荷物を引っ下げたままタブレットでちょちょいと字引する手際はまさに若者のそれで、実のところモクマはいつも感心している。
    「こんな道端で……というよりは軒先を借りて営業しているんでしょうか」
    「案外こういう場所の方が一見さんは足を止めやすいもんだよ。そも観光なんて普段見ないものを見て歩くのが目的だもの。当たるも八卦当たらぬも八卦、ってやつさ。」
     益体もないことを言いながら歩みを再開させようとしたとき、件の手相見が何かに呼ばれでもしたようにこちらを振り向いた。モクマの肩越しにルークの姿を認めた瞬間、驚愕の色も顕わに口を開く――そこ行くお兄さん! 
    「……えっ、僕ですか?」
     指名を受けた当の本人は、一頻りきょろきょろしてから自分の鼻面を指差した。つい顔を見合わせてしまう。
    「知り合いかい? 女性じゃないの、隅に置けないねえルーク」
    「いえ全然、まったく、事実無根です!」
     くだらないことを言っているうちに、件の占い師は見ていた客を放り出してでも急ぎこちらに駆け寄ってこようとしていたので、モクマはすかさずルークの前に出た。緩やかな人通りを間に挟んだ距離で明確に制止の意味を込めて手のひらを掲げてみせる。
    「悪いね~お姉さん、」
     通り半ばで立ち止まり向かい合う二人と一人を通行人が不審そうな顔で避けていく。
    「確かにこの子の手には面白いことがいっぱい書いてあるだろうけど。ごめんよ、今急いでるんだ。お家で腹を空かせて待ってる奴がいてね」
    「……そうだった!」
     己の両腕に下がっている荷物を見下ろしてルークは素っ頓狂な声を上げた。それはついさっき屋台でしこたま買い込んできた三人分――にしては明らかに多いが事実ほぼ三人分――の昼食だ。“作業”の息抜きがてら二人で買い出しに出てきたところだったのを、道中の寄り道や今のこれですっかり忘れていたらしい。
    「ほらルーク。オフィスじゃきっともう頼んだものが届いてる頃だよ、食べ尽くされんうちに急ご急ご!」
    「……というわけなので、失礼します!」
     すたこらさっさ。背後で名残惜しげな気配を感じたが背に腹は代えられない。あまり獣を飢えさせては、こちらのお腹と背中がくっついてしまうというものなので。


     ミカグラ島のみならず世界を表裏問わず大きく震撼せしめたあの事件を経て。DISCARDは壊滅し、チームBONDはめでたく解散の流れと相成った。作戦拠点として使用したオフィス・ナデシコから撤退するにあたり、各自の荷物をまとめ、掃除もして……と男四人でバタバタしているわけだ。
    「ただーいまーっと」
     ニンジャならびにドギー、両腕にこれでもかと荷物を抱えて帰投する。
    「アーロン、運ぶの手伝ってくれ!」
    「遅え! どこほっつき歩いてやがったんだ、どうせ買い食いのハシゴしてたんだろ!」
     呼ばれるまでもなく屋上から下りてきていたアーロンがルークの手から荷物を一山奪い取っていく。
    「き、今日はしてないよ! 抜け駆けなんてせずに、ちゃんとみんなの分を買ってきたんだぞ!」
     そうそう、今日はそんなにしてないよね〜。お団子一本だけだもんね〜。一応内緒だよと言って分け合った仲なのでモクマは口を噤んでおく。どうせアーロンには匂いでバレていると思う。
    「知るかボケ! 俺とクソ詐欺師を長時間二人きりにすんじゃねえわ、おぞましい!」
    「どうせ君さっさと屋上に避難してただろ!?」
     賑やかに言い合う二人に続いてリビングに入ると、カウンターキッチンからチェズレイが顔を覗かせた。
    「お帰りなさいボス、モクマさん。」
    「ただいまチェズレイ。腹減ったろ、待たせてすまんね。」
    「私はともかく、そこの獣がすっかりお待ちかねですよ」
     ――BOND・ランチである。
     事件の後処理で未だ忙しく今日も本部に出勤だというナデシコが仕出し弁当でも手配しようかと提案してくれたのだが、それよりは自分たちがこの島に来てから知った様々な美味しいものを節操なんか無しとばかりにずらりと並べて楽しみたいと主張したのがルークだった。
     量が量なので頼めるものは宅配で。その他にもルークがあれも食べたい、これも食べたいと列挙する細々としたメニューを、荷造り作業の息抜きがてら二人で買い込んできたのだ。
    「さー食べよ食べよ、おじさんももうお腹ペコペコ!」
    「先に手を洗ってください。ボスも、怪盗殿もです」
     買ってきたものを並べていくと、十分な広さのあるテーブルもあっという間に埋め尽くされた。そこここの露店で売っている縁起串に小魚の唐揚げ、焼きおにぎりや粉ものなどにはじまり、プロの手によって完璧な衛生環境で調理されたレストランデリバリー、アーロンが食べたがった肉たっぷりのピザ、モクマが古馴染みに頼んだ煮物や南蛮漬。そこへチェズレイが作ってくれていた三人分のサラダとスープも無理くり乗せて、本当に賑やかな食卓になった。
    「これは贅沢ですね」
    「謂わばミカグラ膳だねえ。新名物にできるかもよ」
    「アーロン、ちょっとだけ、ちょっとだけだから待ってくれ!」
    「ふざけんな、これ以上待たすのかテメエ!!」
     ルークがタブレットで写真を撮るのを待ってから(ナデシコやスイに送るのだという)、四人はようやく昼食にありついた。


     賑やかに和やか・ところにより火花の散る昼食を終え、チェズレイの淹れたコーヒー(アーロンは断固拒否したので水)で食休みしているさなかの雑談だった。街で見かけたものの話から、記憶にもまだ新しい手相占いに話題は飛んだ。
    「どのサイトに載ってる図とも何か違うなあ……」
     ルークが自分の手のひらをタブレットの画面と見比べては右に左にと首を傾げている。然もありなん、とモクマは思う。あの占い師は確かに良い目を持っていたのだろう。見るものが見れば、顔相にも手相にも稀有な運命が表れているに違いない。きっとルークだけでなくアーロンにも。……かいつまんだ事情しか知らないが、魂の双子と呼ぶに相応しい絆で結ばれているらしい二人がこの事件で損なわれることがなくて本当に良かったとモクマは心底安堵している。
    「モクマさんのはどうですか?」
    「おじさん? ほい、どうぞ。」
     水を向けられたので、特に何の気もなくひょいと手を差し出してやる。大して面白みもなかろうが好きに遊べばいい。空いているもう片方の手でコーヒーを啜る。
     所々皮が厚く古傷もある中年男の手のひらをタブレットと並べてしばらくの間矯めつ眇めつしていたルークだったが、やがて重苦しい声を漏らした。
    「生命線が……無いですね……」
     えっほんとに? 自分でも覗き込むと、何かもう本当に『無い』としか言い様がなかった。
    「ほんとだあ、両方ともキレ〜に無いねえ……」
     そんなことあるんだなあ、なんていっそ感心してしまった。同時に、これまた然もありなんとモクマは思う。まともに生きていなかった。死に場所だけを探していた。過去から現在に至るまでの人の在り様を示すと言われる手相だ、これほど妥当な顕出のし方もあるまい。
     なんとか他に生命線っぽい線が見つからないかと苦心しているルークだったが、そこへ大きな手が横から伸びてきてモクマの腕を取り上げてしまう。見上げると、窓辺で転寝していたはずのアーロンがいつの間にか寄ってきていた。
    「どったのアーロ……」
    「だったらこうすりゃいいじゃねえか」
     そう言って取り出だしたるは黒のマジックペン。軽快な音とともにキャップから抜かれ、その切っ先はモクマの手のひらの親指の付け根から手首までを勢いよく駆け抜けた。鮮やかに黒い筆跡。荷造り用に昨日買ってきたばかりの下ろし立てなので僅かな掠れもない。
    「アーロン、それ油性だろ!?」
    「おやおや、これではもはやゴキブリ並み……いくらモクマさんでももう少し慎みがあるのでは?」
    「厚かましいくらいが丁度いいだろこのオッサンは」
     呆気に取られて自分の手のひらを見つめるばかりのモクマの頭上で三人が銘々好き勝手なことを言っている。
    「目に見える方が効くだろうしな」
     モクマの肩を軽く小突いて鼻を鳴らし、アーロンはマジックペンをくるくる回しながらリビングを出ていく。それを追って、ルークも慌ててソファから立ち上がった。
    「というかそのペン、見当たらないと思ってたら君が盗ってってたんだな。荷造りでまだ使うんだから返してくれよ!」
    「まだ使うって、まだ終わってねえのかよ。お前以外とっくに全員自分のものはまとめ終わってんぞ」
    「えぇっ!?」
    「荷造りが必要なほど余計な荷物がある奴はそもそもテメエくらいだわ」
    「おっしゃる通りです……」
     でもでもニンジャジャンのグッズがー! 若者二人が賑やかに去り、リビングは途端に静かになった。
     二人がけのソファに一人取り残されたモクマが未だに手のひらの黒々とした線を見つめてぽかんとしている隣へ、チェズレイがコーヒーカップを片手に腰を下ろす。
    「満更でもなさそうですねェ」
    「……エヘヘ。まあね。しぶとく、厚かましく、長生きしなきゃねぇ。」
    「良い心がけです。」
     内緒話でもするかのように、ふたり声をひそめて笑い合う。

     そんなこともあった。


     * * *


     ぱた、ぱたた。よく磨かれた床に落滴。それは濃い赤色をしている。
     水を打ったように静まり返った喫茶店のフロア。その中心で拮抗する二者は間に刃物を挟んでいた。柄を握る女に、刃を掴んだモクマは静かに語りかける。
    「……お嬢さん。そのまま動かず、ゆっくり手を離して。」
     青い唇から引き攣った空気の音を漏らす女はまともに呼吸できていないのだろう。固く握り締めた手が白くなっているのを見て取って、モクマはさらに言葉を繰った。
    「うん、動かないでくれてありがとうね。そんなにぎゅっとして、手は痛くないかい。おじさんの顔、見れる?」
     ややあって、乱れた前髪の隙間から女の恐慌した目が見返してくる。ゆっくりと瞬きをしてみせると、女の瞼もぎこちなく上下した。
    「顔色が悪いな……そっと息を吐いて。ゆっくり吸って。おじさんの名前はモクマっていうの。言える?」
    「…………モ、くマ……」
    「そう。……ね、お願いがあるんだ。モクマさんは『これ』を離すわけにはいかない。だから代わりにお嬢さんが、ゆっくり手を離してくれるかい。難しいだろうけど、息をしながらならたぶん動くと思う。やってみてくれると助かる。」
     女の目に映る恐慌の上に困惑が揺らぐ。緩慢な動きでモクマの顔と自分の手を見比べているのを、モクマは根気よく待つ。……二人が対峙している通路に店中の視線が集まっているのがわかる。それを女に意識させないよう、モクマは慎重に事を運ぼうとしていた。
    「ゆっくり手を離したら、そのあとは君に任せるよ。ここを出て行ったって誰も君を追いかけたりしない。外は雨だから、入口の傘立てに差してあるオレンジの傘を持っていくといい。一番可愛い色してるやつね。」
     女の縋るような瞳は目の前のモクマしか頼れるものがこの世にないとでも言いたげに孤独と痛みで満ちている。雪山で凍える遭難者によく似た細い呼吸を繰り返して凍りついた指を少しずつ開いていく女を、店内にいる全員が固唾を飲んで見守っている。直に対面しているモクマも、そうは見せまいと取り繕いながら。
    「おじさんは……そうだなあ。ほっぽり出してきちゃったケーキの続きを食べよっかな。ケーキと一緒にほっぽってきた相棒が待ってるんでね、まあそいつに怒られながらなんだけどね……」
     すぐ横の席から突き刺さってくる“そいつ”の視線を努めて無視しながら、やがて緩慢な動作で女の指が開ききり、刃物の柄から滑り落ち、それを追って女の膝が床へ崩れ落ちるのを見届けた。
    「ありがとう、お嬢さん」
     窓の外の雨音にも掻き消されてしまいそうなほどにか細い啜り泣きが漏れる。乾き始めていたモクマの血を溶かして涙が床を濡らしていく。
     とりあえずは一段落か。握ったままだった刃を手近なテーブルの上へ置こうとしたときだった。

    「――子供を返して……」

     零れ落ちた女の切なる哀哭を聞いて、解きかけた右の拳に力が入る。刃がより深く手のひらの肉に食い込み、足元を濡らした涙の上へ血が滴り落ちる。
     瞳孔が開いているのか、視界に入る情報のコントラストがちらつくのを鬱陶しく感じながらモクマは背後を振り返った。モクマが咄嗟に庇った、女の切っ先が本来突き立てられていたはずの人物を。仕立ての良いスーツを着た二人組の片割れ、罪の自覚を持つ人間が糾弾の指先を突きつけられた時に見せる罅割れた表情で硬直している男を。
    「テオ……」
     女が名を呼ぶ。ここにはいない者の名を。


    「あの女性、あの男――マフィアの幹部の元愛人だったそうですよ。」
     控えめに言って、夕食の席に似つかわしくない話題だった。
    「ドンが跡目を探しはじめて、男はそれまで見向きもしなかった自分の息子を思い出したようです。母と二人で慎ましく暮らしていたところを無理やり引き離し連れ去った。喫茶店で一緒にいたのはお抱えの弁護士です。息子を取り戻さんとする女性が鬱陶しく、法的に親権を奪い取って黙らせようとしていたらしいですね。何て薄汚い下衆でしょうか。」
    「次のお仕事の取っ掛かりとして目をつけた奴が妙な動きをしてるからと張ってたら、まさかこんなことになるとはねぇ……」
     濃厚なクリームソースの絡んだパスタ、綺麗に透き通ったコンソメのスープ、常備菜のピクルスを加えたサラダは最近のモクマのお気に入りだ。そんな絵に描いたように完璧な食卓で、話題だけが似つかわしくない。しかもその内容がどこかで聞いたことのあるようなないような話だから余計に尻の座りが悪くなる。
    「何とかしてやれたらよかったんだが」
    「ご心配なく。既に手は回しました」
    「やーんさすが、デキる男ってカッコいい♡ ……うん。カッコいい、んだけど、さあ……」
     包帯でぐるぐる巻きにされた利き手を持ち上げてモクマは眉を下げる。その向かい――ではなく隣に腰を据えたチェズレイが、フォークに巻き付けたパスタを差し出してモクマの口へ捩じ込むタイミングを計っている。目付きが暗殺者のそれなのがおっかない。
    「ねえチェズレイ、おじさん自分で食べれるよ。これじゃあまるで……」
    「介護のようだ、と? 病院の窓口でペンを握るだけで処置したばかりの傷が開いたくせに、フォークなら大丈夫だとおっしゃる根拠がわかりかねますねェ。」
    「スプ」
    「スプーンであれば左手でも使えると言いたいのでしょうが、この私と食卓を共にしておきながら食べこぼしが許されるとお思いで? さすがにそこまで楽観主義者ではないと信じたいですよ、ええ、ええ!」
    「お世話になりマース……」
     大人しく鳥の雛のように口を開ける。小ぢんまりと巻かれたパスタが差し入れられるので、ぱくりと引き取って咀嚼する。フェットチーネのもっちりとした食感がソースによく合う。ほうれん草の旨味でまったりしすぎず、端的に言えばあまりにも美味い。美味いのだが。
     ちらりと隣を見る。にこりと微笑みかけられる。
    「……機嫌悪い?」
    「いいえ。」
    「まあ、うん、そうね。お前さんが本当に機嫌悪いときはもっとこう、そうね……」
     やや腑に落ちない部分はあるが、とりあえず今は甘んじて食事の介護もとい介助を受けることにした。怪我したのはだあれ? 俺でえす。
     ふと右手に包帯の上から何かが触れた感触がして視線を落とすと、手袋を外したチェズレイの裸の手がそっと覆い被さっていた。くるりとひっくり返し手のひらを合わせてやる。白い指先が、さらに白い包帯越しに傷をなぞる。親指の付け根から手首近くまで伸びるそこそこ大きな傷だ。
    「ザックリだったねえ。」
    「あなた、咄嗟に刃との間に羽織の袖を噛ませていたでしょう。それでこれとは」
     雨に濡れた女が、入店するやいなや昏い眼光を湛えて真っ直ぐに通路を歩いてくるのに気づいた時点でモクマは逆側の袖を抜いていた。すぐ横を通りすぎようという瞬間に席から飛び出し、長く出した袖の上から凶器を掴み止めたのだ。それでも床を血で濡らす羽目になった。大きく裂けてしまった羽織はさすがに新調だ。
    「よーく研いでたみたいだね」
    「情念とは斯くも恐ろしいといいますか……」
    「お前さんが言、もごっ」
     余計なことを言いかけた口にサラダを突っ込まれる。歯ごたえを残した浅漬けのピクルスが美味しい。
    「……本気で殺すつもりだったんだろうな。刃を上に向けて構えていたのもそうだ。ま、そのお陰で俺は手のひらで済んだんだけどもね」
     あの切れ味で逆だったら最悪指が落ちていただろう。相手は人を刺し殺す気で来ていたのだから。モクマは肩を竦めた。死人が出なかっただけ上々だ。
    「軽く言いますね」
    「過ぎたことだもの」
     苦言に人の悪い笑みを返すと絶妙な力加減で傷を抉られた。人の傷つけ方をよく心得た悪党は手心の加え方も巧い。
    「あででで……でもさあ、これ、痕が残ったらたぶん生命線みたいになるよ」
     病院での処置の際にまじまじと見てしまった切創を思い出す。まるでいつぞやアーロンが油性ペンで描き込んだ線を下書きにしたような潔い軌跡だった。
    「残っても案外悪くないかもね」
    「――ご心配なく。痕なんて残らないように完璧にケアして差し上げます」
     一転、優しく優しく持ち上げられて手のひらにくちびるを落とされる。気障な仕種があまりにも絵になっているのでつい見惚れてしまい、モクマは続く言葉を失った。
    「浅学ですが、手相とはその人の生きざまが線となって表れるものでしょう?」
     邪魔なカトラリーを皿に放り出し、チェズレイはこの世でもっとも愛おしい存在を慈しむような手つきでモクマの右手を抱えている。
    「なら、この先私と共に生きるうちに、きっとこんな掠り傷思い出せもしなくなるようなはっきりとした生命線があなたの手に刻まれることでしょうよ。ねェ、あなたは死ねない。私と約束したのだから。」
     薬臭いだろう手のひらを己の薄い頬にそっと押し当てて、チェズレイは綺麗に笑った。
     それはモクマのツボを完璧に心得た表情で、そんな彼を前にモクマはあまりに容易い獲物と成り果てる。保護フィルムと厚い緩衝用ガーゼの上からぐるぐる巻きにされた包帯越しなのに、年下の男の控えめな体温に呼応するかのように傷がじくじくと熱を帯びはじめる。こちらを見つめるとろりとした紫の瞳は、母のように柔らかな愛情だけでなく覇道を征かんとする男の傲慢な力強さを秘めている。モクマはこの男のギャップに弱かった。いつでも、いつまでも。
     ここでキスでしょ。キスしかあるまい。脳内で囃し立てるオーディエンスの声に従い、右手ごとチェズレイの顔を引き寄せて口づけようとしたのだが。
     ――チェズレイはうっそりと目を細めたかと思うと、もう鼻先まで近づいたモクマの唇……ではなく、頬を寄せていた手のひらにがぶりと噛みついたのだった。
    「ッッ!?」
    「いけませんよモクマさん、食事中です。」
     濁った苦鳴をあげた口に、隙ありとばかりにパスタの具のサーモンが放り込まれた。
     美味しい。美味しいけども!


     * * *


    「――――正直なところやっぱりちょっと機嫌悪いよねお前さん……」
     ほとんどがポーズだというのはわかっているが。「私は怒っているんですよ」のポーズだと、わかってはいるのだが。モクマはちょっぴり複雑だ。チェズレイは何故だか今でもモクマの傷を抉っているときが一番イキイキしている気がする。
    「今度は朴念仁のふりですか? 私の目の前で知らない女に刺されておきながら、よくもまあそんなふうに気楽に構えていられるものだ。」
    「言い方! まるでおじさんが不義理者みたいじゃないの!」
     何だかんだ言いつつもまあ、チェズレイが楽しそうなのでモクマとしては許容してしまうのだった。
    「ですが、あなたのああいう顔を見られる機会は少ないですから。トントンというやつです。トントンで、やや不機嫌ですね」
    「トントンになっとらんよねそれ」

    「さあ、そんなことよりも口を開いて。食事が冷めてしまいます。大人しく従わないと膝に座らせて食べさせますよ」
    「それはもう何らかのプレイ……!」
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    FUMIxTxxxH

    DONElife is yet unknown.

    モクマさんの手について。
    諸君がワヤワヤやってるのが好きです。
     事の起こりは、路傍の『それ』にルークが興味を示したことだ。

    「モクマさん、あれは何でしょう?」
     大祭KAGURAから数週間後・ブロッサム繁華街。
     夜とはまた趣を異にする昼時の雑踏は穏やかながら活気に満ちている。人々の隙間から少し背伸びしてルークの視線に倣うと、路地の入り口、布を敷いた簡素なテーブルを挟んで観光客と商売人らしい組み合わせが何やら神妙な顔を突き合わせているのが見て取れた。手に手を取って随分と熱心な様子だが、色恋沙汰でもなさそうで。
    「観光地ともなれば路上での商いはいろいろあるけども。ありゃあ……手相を見てるんだな」
    「手相……様々ある占いの中で、手指の形や手のひらに現れる線からその人を読み解くといったものですね」
     両腕に荷物を引っ下げたままタブレットでちょちょいと字引する手際はまさに若者のそれで、実のところモクマはいつも感心している。
    「こんな道端で……というよりは軒先を借りて営業しているんでしょうか」
    「案外こういう場所の方が一見さんは足を止めやすいもんだよ。そも観光なんて普段見ないものを見て歩くのが目的だもの。当たるも八卦当たらぬも八卦、ってやつさ。」
     益体 8628

    FUMIxTxxxH

    DONEknot for two.

    ED後、チェズレイの手の話です。
    お手て繋いでイチャイチャしてるだけ。
     夕食の香草焼きが美味かった。サラダのドレッシングはモクマが作ったが、こちらも会心の出来だった。チェズレイも気に入ってくれたらしい。
     どこまでもマナーの行き届いた彼が最後までひとくち分残しておくのは、食べ終わってしまうのを惜しむ気持ちの表れだと、今のモクマは知っている。たぶんもう、今のこの世でモクマだけが知っている。


     片付けを済ませると、どちらからともなくリビングのソファに並んで腰を下ろした。テレビも点けず穏やかな静けさを共有する。
     二人では居るが、特に交歓に耽るでもなくただ二人で居る。それが心地好い関係に落ち着ける日がくるなんて、かつては思いもしなかった。決して楽しいばかりではなかった二人の馴れ初めを手繰れどただただ小気味良いばかりだ。
     モクマは晩酌に徳利一本と猪口を持ち込み、チェズレイはタブレットで何やら悪巧みを捏ね回している。しかしお互いに片手間だ。何故なら、ふたりの隣り合った手と手は繋がれているから。チェズレイが求め、モクマが応えた。逆の日もある。時折ふたりの間に発生する、まるで幼い恋人同士のような戯れ。
     ……そんな片手間に、モクマはぼんやりと宙を仰いだ。まだ一杯 4701

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    高間晴

    MAIKINGチェズモクの話。あとで少し手直ししたらpixivへ放る予定。■ポトフが冷めるまで


     極北の国、ヴィンウェイ。この国の冬は長い。だがチェズレイとモクマのセーフハウス内には暖房がしっかり効いており、寒さを感じることはない。
     キッチンでチェズレイはことことと煮える鍋を見つめていた。視線を上げればソファに座ってタブレットで通話しているモクマの姿が目に入る。おそらく次の仕事で向かう国で、ニンジャジャンのショーに出てくれないか打診しているのだろう。
     コンソメのいい香りが鍋から漂っている。チェズレイは煮えたかどうか、乱切りにした人参を小皿に取って吹き冷ますと口に入れた。それは味付けも火の通り具合も、我ながら完璧な出来栄え。
    「モクマさん、できましたよ」
     声をかければ、モクマは顔を上げて振り返り返事した。
    「あ、できた?
     ――ってわけで、アーロン。チェズレイが昼飯作ってくれたから、詳しい話はまた今度な」
     そう言ってモクマはさっさと通話を打ち切ってしまった。チェズレイがコンロの火を止め、二つの深い皿に出来上がった料理をよそうと、トレイに載せてダイニングへ移動する。モクマもソファから立ち上がってその後に付いていき、椅子を引くとテーブルにつく。その前に 2010

    高間晴

    DOODLEチェズモク800字。結婚している。■いわゆるプロポーズ


    「チェーズレイ、これよかったら使って」
     そう言ってモクマが書斎の机の上にラッピングされた細長い包みを置いた。ペンか何かでも入っているのだろうか。書き物をしていたチェズレイがそう思って開けてみると、塗り箸のような棒に藤色のとろりとした色合いのとんぼ玉がついている。
    「これは、かんざしですか?」
    「そうだよ。マイカの里じゃ女はよくこれを使って髪をまとめてるんだ。ほら、お前さん髪長くて時々邪魔そうにしてるから」
     言われてみれば、マイカの里で見かけた女性らが、結い髪にこういった飾りのようなものを挿していたのを思い出す。
     しかしチェズレイにはこんな棒一本で、どうやって髪をまとめるのかがわからない。そこでモクマは手元のタブレットで、かんざしでの髪の結い方動画を映して見せた。マイカの文化がブロッサムや他の国にも伝わりつつある今だから、こんな動画もある。一分ほどの短いものだが、聡いチェズレイにはそれだけで使い方がだいたいわかった。
    「なるほど、これは便利そうですね」
     そう言うとチェズレイは動画で見たとおりに髪を結い上げる。髪をまとめて上にねじると、地肌に近いところへか 849

    高間晴

    DOODLEチェズモク800字。とある国の狭いセーフハウス。■たまには、


     たまにはあの人に任せてみようか。そう思ってチェズレイがモクマに確保を頼んだ極東の島国のセーフハウスは、1LKという手狭なものだった。古びたマンションの角部屋で、まずキッチンが狭いとチェズレイが文句をつける。シンク横の調理スペースは不十分だし、コンロもIHが一口だけだ。
    「これじゃあろくに料理も作れないじゃないですか」
    「まあそこは我慢してもらうしかないねえ」
     あはは、と笑うモクマをよそにチェズレイはバスルームを覗きに行く。バス・トイレが一緒だったら絶対にここでは暮らせない。引き戸を開けてみればシステムバスだが、トイレは別のようだ。清潔感もある。ほっと息をつく。
     そこでモクマに名前を呼ばれて手招きされる。なんだろうと思ってついていくとそこはベッドルームだった。そこでチェズレイはかすかに目を見開く。目の前にあるのは十分に広いダブルベッドだった。
    「いや~、寝室が広いみたいだからダブルベッドなんて入れちゃった」
     首の後ろ側をかきながらモクマが少し照れて笑うと、チェズレイがゆらりと顔を上げ振り返る。
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    「うん。お前さんがその顔する時って、嬉しいんだ 827

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    「あなたと、駆け落ちしたい」
     ――なんて突然夜中に年下の恋人が言うので、モクマは黙って笑うと車のキーを手にする。そうして携帯も持たずに二人でセーフハウスを出た。
     助手席にチェズレイを乗せ、運転席へ乗り込むとハンドルを握る。軽快なエンジン音で車は発進し、そのまま郊外の方へ向かっていく。
     なんであんなこと、言い出したんだか。モクマには思い当たる節があった。最近、チェズレイの率いる組織はだいぶ規模を広げてきた。その分、それをまとめる彼の負担も大きくなってきたのだ。
     ちらりと助手席を窺う。彼はぼうっとした様子で、車窓から街灯もまばらな外の風景を眺めていた。
     ま、たまには息抜きも必要だな。
     そんなことを考えながらモクマは無言で運転する。この時間帯ともなれば道には他の車などなく、二人の乗る車はただアスファルトを滑るように走っていく。
    「――着いたよ」
     路側帯に車を停めて声をかけると、チェズレイはやっとモクマの方を見た。エンジンを切ってライトも消してしまうと、そのまま二人、夜のしじまに呑み込まれてしまいそうな気さえする。
     チェズレイが窓から外を見る。黒く広い大海原。時 818

    高間晴

    DONEチェズモクワンライ「お酒」。
    モさんの好きそうなカクテルを作ってくれるチェズの話。
    ■幸せのカクテルレシピ


    「モクマさん、あなたが気に入りそうなカクテルがあるんですが、一緒に飲んでみませんか?」
     夕食が済んで、食洗機に食器を入れながらチェズレイが訊いた。モクマはキッチンの上の棚から晩酌用のどぶろくの瓶を取り出そうとしていたが、それを聞いて顔を輝かせた。瓶を戻し棚を閉めると、夕食の片付けを終えた青年の傍に近寄ってきて、興味津々に訊いてくる。
    「えっ、なにそれ。そんな素敵なものがあるの?」
    「はい。あなたとこうして一緒に暮らすようになってから、私もアルコールに興味が湧きまして。ネットで調べてみたらいいカクテルのレシピを見つけたんですよ」
     チェズレイはキャビネットから、コーヒー豆のキャニスターを取り出す。
    「ん? コーヒー淹れるの?」
    「ええ。これから作るカクテルはコーヒーを使うので」
     チェズレイがまずはケトルに水を入れ、コンロで沸かし始める。その間そわそわした様子でモクマはキッチンのシンクの縁に手をついて、すぐ隣のコンロ前のチェズレイを上目遣いに見つめる。
    「おじさんが気に入るお酒で、コーヒーってことは……カクテルにするお酒はなんかミルクっぽいお酒なの?」
    「さ 2225

    ▶︎古井◀︎

    DONE横書きブラウザ読み用!
    猫に出会ったり思い出のはなしをしたりするチェモのはなし
     やや肌寒さの残る春先。早朝の閑静な公園には、ふたりぶんの軽快な足音が響いていた。
     現在、チェズレイとモクマが居を構えているこの国は、直近に身を置いていた数々の国の中でも頭一つ飛び抜けて治安が良い。借り受けたセーフハウスで悪党なりに悪巧みをしつつも優雅な暮らしをしていた二人が、住居のほど近くにあるこの公園で早朝ランをするようになって、早数週間。
     毎朝、公園の外周をふたりで一時間ほど走ったり、ストレッチをしたり。そうするうちに、お互いに何も言わずとも自然と合うようになった走行ペースが、きっちりふたりの中間点をとっていた。
     数歩先で軽々と遊歩道を蹴るモクマに、チェズレイは平然を装いながら素知らぬふりでついていく。『仕事』が無い限りはともに同じ時間、同じような距離を走っているはずなのに、基礎体力の差なのかいつもチェズレイばかり、先に息が上がってしまう。
     今日だってそうだった。そしれこれもまたいつも通り、前方を走っている相棒は、首だけで振り返りながらチェズレイをちらりと見遣っただけで、仮面の下に丁寧に押し隠した疲労をあっさりと感じ取ってしまい、何も言わずにゆったりペースを落とした。
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