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    ムー(金魚の人)

    @kingyo_no_hito
    SS生産屋

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    POIPOI 61

    モクチェズワンライ0219「つまみ食い」で参加です。
    モさん母から見たモクマとチェズレイの話。

    #モクチェズ
    moctez

    わたしは、目の端で動く気配に意識を操られるようにして手を上げた。
    パシン。
    乾いた音が狭くも広くもない台所に響く。
    「――……!」
    わたしは、ハッと息を呑み目を見開いた。
    叩かれた相手も私と同じ顔をしていた。血を半分わけた子なので、同じ顔貌をしていて不思議ではないのだけども。
    驚いたのは、数十年ぶりに顔を見せた末息子――モクマが、台所のシンクに並ぶ皿に手を付けていたこと。里芋とイカを濃口醤油で煮た煮物をつまみ食いしていたのだ。
    モクマは上手に気配を消して台所へ入ってきた。だが、目の端で蠢く気配を感じたわたしは、目視確認する前に菜箸を握った手を伸ばしていた。自分の反射神経にも驚く。
    「はは……」
    バツが悪い顔でモクマは笑った。落ちくぼんだ目の周りに深いシワが刻まれる。差し込んだ西陽によって、こけた頬の陰が濃く描かれた。
    亡き夫に似た笑顔もまた、目の前に立つ初老の男が自分の息子であると信じさせる。
    これまでの人生の苦労を物語る色の落ちた頭髪から手を下ろしたモクマが、茶色くなった里芋を指で摘み、口の中へ放り投げた。
    「こら。堂々とつまみ食いする奴がありますか」
    「や〜、すまんすまん。甘じょっぱい匂いに誘われちまって。……うん、……美味いよ。好きな味だ。懐かしいな」
    噛み締めるように呟く男の目には郷愁が滲んでいた。モクマとわたしが共に過ごしたのは、彼がこの世に生まれ落ちてからたったの6年ほどだ。琥珀色の小さな瞳の中に醤油で甘く煮た里芋の思い出は転がっているのだろうか。
    「……よけりゃあ、折箱に詰めて持たせるわ」
    気に入ったのならば、手土産にしてあげようと思った。一人きりで食べるには作りすぎた。
    久しぶりに再会した息子にいい顔をしたいというのもある。
    「そりゃ、有り難い! 仕舞ってあるとこ、どこだい?」
    モクマへ折箱の在り処を教えると、彼は新しい菜箸を手に煮物を詰め始めた。歌謡曲のような音程で鼻歌を奏でている。わたしの知らない歌だ。
    モクマの隣で揚げ物を転がしながら、わたしは居間へ目を向ける。
    長身の男がまっすぐ背を伸ばして庭を見つめていた。このあたりではまず見かけない透き通った金糸が太陽光を反射して、輪郭が輝いてみえる。モクマが連れてきた年若い青年だ。非営利団体の理事をしているという紹介と共に、青年はチェズレイと名乗った。
    底知れない硬い青年の雰囲気に、自然とこちらも背が伸びたのだった。
    「うん、これだけにしとくよ」
    モクマの声で意識を台所へ戻す。
    満面の笑みと共にモクマは折箱を抱えて台所を出ていった。



    ――おや、モクマさん。その手にあるのは?
    ――パッパカパーン。煮物だよ。母上の手作り。部屋戻ったら一緒に食べんか
    ――……お母様の……
    ――里芋とイカといんげんを甘辛い醤油で煮詰めたやつね。美味いよ。……ほれ。
    モクマの指がいんげんを摘みあげる。それを自然な動きでチェズレイの口元へと運んだ。
    チェズレイもまた渋々といった表情を作り、だけど躊躇いは一瞬のことで、素直に口を開いた。
    ――……
    わたしは固唾を呑んで二人の影を見守っていた。
    二人にとって何度も重ねてきたやり取りなのだろうと思わせられた。二人はそれだけの時間を過ごして来たのだ。
    それは、この家へ挨拶に来た当初にモクマ自身の口から述べられた経歴よりも、わたしへ彼らの関係を飲み込ませるに十分だった。
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    つばき

    PROGRESSモクチェズ作業進捗 大人になると大事なことほど言葉で伝えなくなる。

     それはお互いに言わなくてもわかるだろうという共通認識があるからでもあるし、言葉にするのが気恥ずかしいからでもある。
     だから俺達の関係性についてわざわざ明言したことはなかった。「相棒」であることは間違いないし。チェズレイも直接的な物言いをするタイプではないから言葉遊びも多いし。掘り下げんでいいかい?とはぐらかす癖もまだ直っていないし。とひとしきり脳内で言い訳を重ねたところで、頭を抱える。

    (昨日のはもう、言い訳しようもないよねえ……)





    「チェズレイ、もう寝るかい?」
    「いいえ、まだ付き合いますよ」
     下戸だと言ったチェズレイが晩酌に付き合ってくれる夜は日常になりつつあった。晩酌といっても全く飲まない時もあれば、舐める程度のお付き合いの時もある。でもその日は珍しく、二人でどぶろく一瓶を空けようとしていた。
     顔色も声色も変わっておらず、ちょびちょびとお猪口を傾けながらしっとりとお酒を楽しんでいる。ように見える、が動作が少し緩慢で目線はお猪口の中の水面に注がれている。まだまだ酒には慣れておらず、やはり強くはないようだ。
     ぼ 2758

    💤💤💤

    INFO『シュガーコート・パラディーゾ』(文庫/152P/1,000円前後)
    9/19発行予定のモクチェズ小説新刊のサンプルです。
    同道後すぐに恋愛という意味で好きと意思表示してきたチェズレイに対して、返事を躊躇うモクマの話。サンプルはちょっと不穏なところで終わってますが、最後はハッピーエンドです。
    【本文サンプル】『シュガーコート・パラディーゾ』 昼夜を問わず渋滞になりやすい空港のロータリーを慣れたように颯爽と走り去っていく一台の車——小さくなっていくそれを見送る。
    (…………らしいなぁ)
    ごくシンプルだった別れの言葉を思い出してると、後ろから声がかかった。
    「良いのですか?」
    「うん? 何が」
    「いえ、随分とあっさりとした別れでしたので」
    チェズレイは言う。俺は肩を竦めて笑った。
    「酒も飲めたし言うことないよ。それに別にこれが最後ってわけじゃなし」
    御膳立てありがとね、と付け足すと、チェズレイは少し微笑んだ。自動扉をくぐって正面にある時計を見上げると、もうチェックインを済まさなきゃならん頃合いになっている。
     ナデシコちゃんとの別れも済ませた今、ここからは本格的にこいつと二人きりの行き道だ。あの事件を通してお互いにお互いの人生を縛りつける選択をしたものの、こっちとしてはこいつを離さないでいるために賭けに出ざるを得なかった部分もあったわけで、言ってみれば完全な見切り発車だ。これからの生活を想像し切れてるわけじゃなく、寧ろ何もかもが未知数——まぁそれでも、今までの生活に比べりゃ格段に前向きな話ではある。
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