星に、願いを。アスモから、ある噂を聞いた。
『デス・マウンテンの麓にあるキャンプ場は星が綺麗に見えることで有名で、そこで流れ星を一緒に見たカップルは永遠に幸せになれる』らしい。
そんなロマンティックな話を聞いて、俺が興味を持たないわけがない。
さっそく、カレンダーを見ながらスケジュールを組み、星に詳しいベルフェに流れ星が見えそうな日を調べてもらって、シメオンに、キャンプに行かないか、と誘った。
行くからには絶対に流れ星が見たい!と思い、そのためのリサーチは怠らないのが俺の主義だ。
当日、事前のデートで買い揃えたキャンプルックにお互い身を包んで、早朝からデス・マウンテンへと向かう。
「キャンプなんて初めてだから楽しみだよ!」
お揃いで買ったハットを手で押さえながら、こちらに向けるシメオンの笑顔が、眩しい。
「俺も、何回かしたことはあるけど、ついて行っただけだから、ほぼ初めてみたいなもんだよ」
いわゆる、キャンプ合コン的なものに、客寄せパンダとして付き合わされたことが何度かある。
入れ代わり立ち代わり女子が甲斐甲斐しく俺の世話を焼いてくれたことぐらいしか記憶になく、あまり楽しかったイメージはない。
でも、なぜだろう。
シメオンとキャンプに行けると思うと楽しみで仕方なく、遠足前の子供のように、昨夜は興奮してなかなか寝付けなかった。
「でも、やったことはあるんでしょ?色々教えてねっ」
シメオンの言動からも楽しみで仕方ない気持ちが溢れていて、俺はそれを見るだけでも嬉しかった。
電車とバスを乗り継いで、デス・マウンテンの入口までやってきた。
『キャンプ場あちら→』の看板を頼りに、二人で荷物を半分こして歩く。
麓と言っても多少は勾配のある登山道で、いい運動になる。
時々木陰で休憩を取りながら、山道を奥へと進んでいく。
炎天下だったが、木陰に吹く風が心地よく、じっとりとかいた汗も悪い気はしなかった。
キャンプ場に着くと、受付をして、荷物と食材を一式受け取る。
最近のキャンプ場は便利なもので、身の回りの物さえ持っていけば、テントやコンロ、食材まで用意しておいてくれる。
「あ、シメオン。釣りも出来るみたいだよ?」
「釣り?やってみたい!」
「じゃあ、釣竿も借りよう」
指定の場所に着くと、荷物を下ろして一息つく。
雲ひとつ無い空、ベルフェの言う通りなら、流れ星が見られるはずだ。
着いたのは昼過ぎなのに、すでに夜のことを考えてニンマリする。
拠点作りにテントを張るが、今どきのテントはワンタッチで立ち上がるので組み立てにそう時間はかからない。
マットやらコンロやら、レイアウトを考えて配置していると、二人のお腹がぐぅ、と同時に鳴る音が聞こえ、顔を見合わせて笑う。
お昼は焼きそば。
シメオンが手際よく野菜を切ってくれ、俺が鉄板に適当にぶち込んでいく。
キャンプのいいところは、料理が上手くなくても、とにかく焼けば食べられるものが出来るという点だ。
塩・コショウ・ソース、全て目分量。
たまに横からシメオンがアドバイスをくれるので、その通りにやってみると、こってりソースの焼きそばが完成した。
「ん、ソース濃っ!」
「ちょっと入れ過ぎちゃったね。でも、MCが作ってくれた料理だから、おいしい」
なに、その、天に召されそうな褒め言葉は。
しかも、口の周りをソースでベトベトにしちゃって。
可愛すぎるんですけど。
俺が口の周りを拭いてあげると、恥ずかしそうに頬を染めた。
お腹も満たされた俺たちは、借りた釣竿を持って川辺へ向かう。
水に手をつけるとキンキンに冷たい。
「シメオン!」
「ん?…ひゃ!冷たいっ」
呼びかけて振り向いたシメオンに水をかけると、目をパチクリさせてビックリする。
可愛い。
これは、一日中遊んでいられそうな気がする。
二人で大きな石に腰かけて、釣り糸を垂らす。
俺も釣りはしたことないんだけど、釣れるもんなんだろうか?
そう思って隣を見ると、
「おっさかっなさん!釣れるっかなー?」
釣れなくても充分楽しんでいる様子を見て、それだけで満足だった。
結局、魚は釣れないまま夕方になってしまったが、
「今度は釣れるといいね!」
と、残念と言うよりは、むしろ再チャレンジに燃えているようで安心した。
キャンプ地に戻って、火起こしにチャレンジしてみたが上手くいかず、最終的にスタッフさんに手伝ってもらった。
「あーあ、いいとこ見せたかったなぁ」
と、火を見つめながら俺がぽつりと呟くと、
「初めてなのに、一生懸命頑張ってくれてたのが嬉しかったよ」
と、隣でさりげなくフォローを入れてくれるので、嬉しくて思わず肩を抱くと、一瞬キュッと固まったあと、しばらくして俺の肩に頭を預けていた。
夕飯は定番のバーベキュー。
飯ごうに米を準備しながら、切った野菜と肉を串に刺す。
「見て見てーシメオン!肉ばっかの串ー!」
「こぉらっ!ちゃんと野菜も刺して!」
「はーい」
ふざけてシメオンに差し出すと、手をペチンと叩かれて、ドサッと目の前にざく切りの野菜を置かれた。
まるで、母親に怒られているような光景に、何だか笑いが止まらなかった。
ご飯が炊けて、最初の串がいい具合に焼けた頃、空はすっかり漆黒に包まれていた。
魔界の夜は暗いので、嘆きの館からも星は綺麗に見えるが、確かに、噂通り、空一面に広がる星々は、なかなか見られるものではない美しさだった。
「うまーっ!!」
「うん!ごはんも上手く炊けてよかったぁ」
二人で、米と肉を頬張る。
外で食べると言うだけで、こんなにも美味しく感じるのが不思議だ。
俺が、シメオンの口に付いた米粒を取ってあげると、
「ふふっ…MCもだよっ」
と、シメオンも、俺の口に付いた米粒を取ってくれる。
ほんわかした、幸せな時間。
串が減ってくると、用意していたチーズを溶かしてチーズフォンデュにして食べ、食事が全て終わると、今度はチョコを溶かしてチョコフォンデュにして、フルーツやマシュマロをデザートに食べた。
充実した夕飯が終わり、ほとんど片付けも終わらせたあと、敷いていたマットに座りぼーっと夜空を眺めていると、シメオンが、淹れてくれた紅茶を手に、俺の隣にちょこんと座る。
「ほんとに綺麗な星だねぇ」
「うん、こんなにどこを向いても星がいっぱいなんて、そうそうないよね」
「空に吸い込まれそう」
シメオンは、紅茶の入ったカップを両手で握り、ターコイズの瞳いっぱいに星空を映している。
星空も綺麗だけど、嬉しそうに夜空を見上げるシメオンの横顔の方が、俺にとっては何よりも美しく見えた。
「ねぇ、シメオン。このキャンプ場でね、流れ星を見たカップルは幸せになれるんだってー」
「そうなの?見れるかなぁ。見たいなぁ」
シメオンは、俺の話を聞いて、キョロキョロと、さっそく流れ星を探し始める。
「見たいねぇ」
二人で、ただ星空を見上げるだけの無言の時間が続く。
何も話さなくても、この空間にシメオンと一緒にいる。
それだけで、心はとても満たされた。
『んー、22時から0時までがチャンスかなぁ?』
ベルフェに教えてもらった時間通りに空を見上げているが、すでに20分ほど経つ。
確かに、流れ星なんて確実に見られるものではないけれど、ここまでやったのだから、是が非でも見たい!
そして何より、こんなに楽しみにしているシメオンに見せてあげたい。
そう思った時、漆黒の夜空にうっすらと一筋の光が流れた気がした。
「…ん?」
目を凝らして、微動だにせず次に備える。
すると、さっきより少し高い位置から光が落ちる。
それを目で追っている間に、今度は右側に光が走る。
これは…間違いない、流れ星だ!
俺が確信したのと同じタイミングでシメオンも目視出来たらしく、バッと俺の方を振り返る。
「…見たっ!?」
「見たよっ」
「あれ、流れ星だよねっ!?」
「うん、そうだよ!絶対!」
「見れたね!!」
「うんっ見れたっ!」
向かい合って笑顔を交わしたあと、また二人で空を見上げる。
流れはじめた流れ星は、次から次へと空を駆けていく。
「きれい…」
「うん…」
しばらくの沈黙のあと、俺は、あることを思い出して、自分のポケットを探る。
「あ、そうだっ」
目的のものを探し終え、俺は夜空に向かって精一杯手を伸ばす。
そして、必死に何かを掴む仕草をする俺を、シメオンが不思議そうな顔をして覗き込む。
「なに、してるの?」
「流れ星っ…捕まえてるのっ」
そう、俺は、流れ星が見られたら、流れ星を捕まえて、シメオンにプレゼントしようと思っていた。
しかし、さすがのシメオンも、そんなおとぎ話は信じていない。
「はははっ!無理だよ。だって、星だよ?」
「そんなのっ…わかんないっじゃんっ!…取れたっ!」
「えっ!?うそっ!?」
笑い飛ばすわりには、俺の言うことを真に受けるところが本当に可愛い。
「ほんと。手ぇ出して?」
俺の前に差し出されたシメオンの手に、そっと俺の手を乗せる。
パッと離すと、シメオンの手のひらの上にはキラキラと輝くものが乗っていた。
シメオンには、状況が把握出来ていないようで、手のひらの上をじっと見つめて首を傾げている。
「…?」
「ほらっ」
なにか反応を返して欲しくて促すと、ようやく、ぽつりと一言言葉をこぼす。
「…これ」
シメオンが、輝くそれを指でつまんで持ち上げると、その先には、小さな星のチャームがついていた。
「捕まえたでしょ?流れ星」
俺は、シメオンの方を向いて笑う。
指先から垂れるそれが、細い金色のチェーンで出来たブレスレットだとわかると、シメオンは潤んだ瞳を俺の方に向けた。
「…どうしてっ」
「流れ星が見れたら、なにかプレゼントしたいなと思ってて。色々考えたんだけど、シメオン、恥ずかしがり屋さんだからペアリングとか抵抗あるでしょ?だから、ブレスレットにしてみた」
「そこまで考えてくれてたなんて…嬉しい。これ、すっごく可愛いよ!」
今にもこぼれ落ちそうなほど目に涙を溜めたシメオンは、夜空の中で一番輝いて見えた。
そんなシメオンの前に、俺は自分の右腕を差し出す。
「もちろん、俺とお揃いね」
それを見たシメオンの目から、ふたすじの流れ星が流れた。
「…MC……好きっ!」
シメオンが、大きく手を広げ、勢いよく俺に抱きつく。
「おぉ。俺も…好きっ」
あまりの勢いに驚いたものの、俺も、シメオンを優しく抱きしめ返す。
「それ、つけてあげるよ」
声をかけると、俺を見上げたシメオンがむくっと起き上がり、手に持っていたブレスレットを差し出す。
「どっちがいい?」
「…MCと一緒の方」
念の為聞いてみると、恥ずかしそうにしながら、右腕を差し出し、お揃いをねだる。
「…ですよね」
苦笑しながら、差し出された右腕を取り、お揃いのブレスレットを着ける。
そのまま、右手を持ち上げて手の甲にキスをした。
満天の星の微かな瞬きに照らされて、二人のブレスレットが、キラキラと星のように瞬く。
「似合ってるよ」
唇を離し、シメオンの右手を包み込んで微笑むと、暗闇でもわかるほど、シメオンの顔が赤くなる。
「…ありがとう」
じっと、俺がブレスレットを着ける様子を見ていたシメオンの瞳が、俺を見つめる。
俺は、その瞳に吸い込まれるように顔を近づけ、シメオンにキスをした。
数多の星たちが、俺たち二人を見守ってくれている。
流れ星に願った『シメオンとずっと一緒にいたい』という願いを叶えると、誓いの証となる口づけを交わすと、それを祝福するように、流れ星が頭上を駆けていった。