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    zeppei27

    @zeppei27

    カダツ(@zeppei27)のポイポイ!そのとき好きなものを思うままに書いた小説を載せています。
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    初RONINで気分のままに、隠し刀(男)×諭吉です。どうして契らせてくれないんだ諭吉ぃ!姫扱いをしてきたのにこの仕打ち、昇華させずにはいられませんでした。服装と言い、恥じらいを見せる様子と言い、居合(史実)まで持ち出してきて胸がいっぱいです。理性的な人が熱くなって激情に身を任せる時の勢いって良いですね……。

    #小説
    novel
    #主福
    #隠し刀(男)
    #RONIN

    舌足らず 横浜貴賓館は今日も活況を呈していた。国も身分も分け隔てなく、世界に対し門戸を開かんとする人々で溢れ、明日への野望や希望がひしめき合って熱気を孕んでいる。交わされる言葉はほぼ日本語ではなく、目を閉じて仕舞えばここが日本であることをも忘れてしまうような様相である。長らく鎖国を強いてきた国とは思えぬ状態で、十年前の日本人であれば誰もが想像だにしなかっただろう。
     ここに、輝かんばかりの明日が見えようとしている。福沢諭吉もまた、そんな足掛かりを得るべく出入りする人間の一人だった。当初は幕府外国方として公文書を翻訳するためだけであったが、今では出入りする人々に日本語を教えるという小遣い稼ぎもできて一石二鳥である。とりわけアーネスト・サトウは、並々ならぬ熱意を持って学ぼうという姿勢が面白く、彼に教える時間が公務に計算されることも含めて希少な存在だ。本居宣長に興味を持ち、和歌を嗜もうとする英国人など、彼の母国でも滅多におるまい。彼との交流は、諭吉に母国に対する新しい見方を発見させる刺激的な時間だった。
    「諭吉、少しゆっくり発音してくれないか?音を覚えたい」
    「構いませんよ」
    そして、今その楽しみはもう一つ増えていた。諭吉はゆっくりと教本としている物語の一節を誦じながら、物静かな教え子の輪郭を目でなぞった。少しも無駄のない、苦難を耐え凌いできた力強い顔である。表情にくれてやる筋肉もないのか、口調と合わさり凪いだ海よりも静かに見えた。突拍子のないことを言い出す際も、妙にもっともらしく響くのは鯨のようにドンと構えて揺るがないからだろう。一体何度無茶を聞いてやったことか。
     男との出会いは突然だ。通称・隠し刀という奇妙な人物は、なんの紹介状も無しに貴賓館に入り込み、堂々真正面からハリスに会いたいと言い放ったのである。見るからに腕の立つ人物であることからして諭吉が警戒心を抱くには十分だったが、引き留めるよりも同道することを選んだのは今思えば――純粋さが滲み出た彼の覚悟に感化されたと言える。あれは何か大事を成す人間にしか放てない輝き、自分の目を奪わずにはいられない存在だった。
    「……こんなところでしょうか。わからない点があれば、気兼ねなく話してください」
    「もう一度、同じ箇所を聞きたい」
    ゆっくりと。繰り返す男の目を見て、諭吉はその熱さに触れた自分を後悔した。見られている。沈着冷静に、時に非情な判断を下すあの目は自分に何を見出しているのだろう。気になって仕舞えば忘れようもなく、諭吉は誦じている物語に逃げ込もうとして失敗した。活字をなぞる指が、手袋越しだというのに湿り気を帯びたような心地がする。隠し刀の目は、夜の帷のような存在の中で唯一雄弁にして情に富んでいた。彼が歴史の大きな変化を迎えようという事物を見る目は好きだが、こうして全てが自分に向かってくるとなると話は別だ。顔が赤くなってやしないだろうか。
    「あの」
    「うん?」
    とうとう根負けしたのは諭吉だった。もにゃもにゃと頬が動きそうになるのを何とか押し留めると、諭吉はどうにか彼から神経をそらせることには成功した。心持ち驚いた風の声音に、彼もまた只人には違いないと自分に言い聞かせる。
    「そんなにじっと見つめられると、恥ずかしいですね。僕の顔に何か気になる点でもあるんでしょうか」
    我ながら思い切った発言だった。まるで自意識過剰であるかのような台詞で気恥ずかしい。隠し刀は幻滅するだろうか?ふとそんな懸念を抱いて諭吉は眉をひそめた。他人が自分をどう思うかなど、自分自身の価値とは無関係ではないか。だが、しかし――
    「ああ」
    煩悶する諭吉をよそに、隠し刀は全く平常通りだった。短く発した言葉だけでは不十分だと気づいたらしく、続いて自分自身の薄い唇を指差した。すい、とその指先に目が吸い寄せられて頭がクラクラする。諭吉を振り回すだけ振り回し、隠し刀はゆっくりと唇を動かして、先ほど諭吉が誦じた一節を紡いで見せた。
    「『 I thought I would sail about a little and see the watery part of the world. (ここらでちょいと船に乗って水の世界ってやつを見てみよう)』」
    「素晴らしい」
    まるで自分が口ずさんだかのような完璧な発音に、諭吉は先ほどまでの狼狽を全て捨てて純粋に驚喜した。教え子の中でも抜きん出て覚えが良い。最初は英字さえ読めなかった人間があっという間に追いついたことを思えば信じられないことである。自分の教育法に対して達成感を覚えながら、諭吉は教本――大好きな物語『白鯨』の頁を撫でた。
    「発音は唇と、舌、喉の使い方が要点だとものの話で聞いた。諭吉が発音する時に、どう動かすのかを観て、真似したまでだ」
    「なるほど、それは理にかなっていますね。ひょっとして、あなたはそれで訛りを消したんですか」
    「ああ」
    不意に思い当たった事実を答え合わせすると、これまたあっさりと肯定される。北陸の雪深い故郷を捨て去った男は、不思議とどこの地域とも言えない音と節回しで物語る。日本各地を転々としてきた諭吉にとって、どこの出身とも言い当てられなかったのは彼が初めてだった。訛りとは出自そのものである。音ひとつにその人間がどこでどう生まれ育ったかが織り込まれているのだ。故郷にしかいない鳥の鳴き声にも似て、同郷者の訛りは耳心地が良く懐かしさをもたらす。
     男はそれを意図的に捨てたという。改めて彼の生き様が非日常であると思い知らされる一事であった。思いの外深い部分を抉った心地に浸っていると、続けて他の節も暗唱した男は残念そうな声を漏らした。
    「唇は見ればわかるのだが、舌の動きはよく見えないから難しいな。ある程度想像で補えるとはいえ、耳だけを頼りにするのは不正確だ」
    くい、と男の手がなんの衒いもなく諭吉の顎にかかり、真正面に向かせられる。逃げたはずの黒々とした目にぶつかり、舌がもつれた。鯨の目だ、深い水底に沈んだ巨大な化け物。捕まえられたらばきっと喰らい尽くされてしまう。
    「口の中に指を入れたまま発音してもらったらば、わかるやもしれないな」
    「な」
    唇がこじ開けられ、諭吉は今度こそ全身の筋肉をこわばらせた。緊張のあまり涎が垂れなかったことは幸運であるものの、頭が真っ白に塗りつぶされたままである。恐怖や不安よりも、好奇心から諭吉は動けずにいた。男の指が自分の口の中に入れられたらばどうなるだろう。舌を引っ張り出されて、掻き回されたらば一体どんな気分になってしまうのか?処刑執行を待ち侘び、あらぬことを口走ってしまいそうになる。ごくりと唾を飲み込んで隠し刀を見つめると、ふ、と男は珍しく淡い笑みを浮かべた。
    「それは今度の楽しみにしておこう」
    ここではじっくり確かめられなさそうだ、と嘯く男が目をやった先にサトウの姿を認め、諭吉はさああっと全身の血の気が引いてゆくのを感じた。先ほどまで呑まれかけていたあの津波もなんとやら、公の場で自分は何をしようとしたのかと穴があったら入りたい心地である。自分は、自分たちは妙に見えなかっただろうか?この身に抱いた白鯨が暴露されたらば、どうしてくれよう。
    「あなた、もしかしてわかってやりましたね」
    「教師は諭吉だろう」
    わかっているのはそちらのはずだが、と器用な舌が言葉を操る。性質の悪い男だ、舌っ足らずの言葉知らずにどう答えてやろうかと諭吉は深くため息をついた。
    「虎穴に入る前に、千尋の谷に突き落としてやりましょうか」
    「どういう意味だ?」
    すぐさま食いつく男の純粋さに、諭吉は心の中で舌打ちした。全くこの生徒を可愛いと思ってしまうだなんて、自分の理性はどこかに家出してしまったに違いない。
    「お隣の国の故事ですよ」
    果たして男はどこまでついてくるだろう。いつか白鯨を討ち取れるだろうか?書物の山から目当てのものを引っ張り出しながら、諭吉は自分がその日を密かに楽しみにしていることに気づいていた。好奇心には果てがない。進むだけ進んだならば、きっと気分がいいに違いない。
     漢文を読み下す男の唇を目でなぞる。その中の熱さを想像し、諭吉はうっそりと微笑んだ。

    〆.


    **
    文中英文は「The Project Gutenberg」よりハーマン・メルヴィルの『白鯨』原文です。
    https://www.gutenberg.org/files/2701/2701-h/2701-h.htm#link2HCH0001
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    zeppei27

    DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。数年間の別離を経て、江戸で再会する隠し刀と諭吉。以前とは異なってしまった互いが、もう一度一緒に前を向くお話です。遊郭の諭吉はなんで振り返れないんですか?

    >前作:ハレノヒ
    https://poipiku.com/271957/11274517.html
    まとめ
    https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
    答え 今年も春は鬱陶しいほどに浮かれていた。だんだんと陽が熟していくのだが、見せかけばかりでちっとも中身が伴わない。自分の中での季節は死んでしまったのだ、と隠し刀は長屋の庭に咲く蒲公英に虚な瞳を向けた。季節を感じ取れるようになったのはつい数年前だと言うのに、人並みの感覚を理解した端から既に呪わしく感じている。いっそ人間ではなく木石であれば、どんなに気が楽だったろう。
     それもこれも、縁のもつれ、自分の思い通りにならぬ執着に端を発する。三年前、たったの三年前に、隠し刀は恋に落ちた。相手は自分のような血腥い人生からは丸切り程遠い、福沢諭吉である。幕府の官吏であり、西洋というまだ見ぬ世界への強い憧れを抱く、明るい未来を宿した人だった。身綺麗で清廉潔白なようで、酒と煙草が大好物だし、愚痴もこぼす、子供っぽい甘えや悪戯っけを浴びているうちに深みに嵌ったと言って良い。彼と過ごした時間に一切恥はなく、また彼と一緒に歩んでいきたいともがく自分自身は好きだった。
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    zeppei27

    DONE何となく続いている主福の現パロです。本に書下ろしで書いていた現パロ時空ですが、アシスタント×大学教授という前提だけわかっていれば無問題!単品で読める、ホワイトデーに贈る『覚悟』のお話です。
    前作VD話の続きでもあります。
    >熱くて甘い(前作)
    https://poipiku.com/271957/11413399.html
    心尽くし 日々は変わりなく過ぎていた。大学と自宅を行き来し、時に仕事で遠方に足を伸ばし、また時に行楽に赴く。時代と場所が異なるだけで、隠し刀と福沢諭吉が交わす言葉も心もあの頃のままである。暮らし向きに関して強いて変化を言うならば、共に暮らすようになってからは、言葉なくして相通じる折々の楽しみが随分増えた。例えば、大学の研究室で黙って差し出されるコーヒーであるとか、少し肌寒いと感じられる日に棚の手前に置かれた冬用の肌着だとか、生活のちょっとした心配りである。雨の長い暗い日に、黙って隣に並んでくれることから得られる安心感はかけがえのないものだ。
     隠し刀にとって、元来言葉を操ることは難しい。教え込まれた技は無骨なものであったし、道具に口は不要だ。舌が短いため、ややもすると舌足らずな印象を与えてしまう。考え考え紡いだところで、心を表す気の利いた物言いはろくろく思いつきやしない。言葉を発することが不得手であっても別段、生きていくには困らなかった。だから良いんだ、と放っておいたというのに、人生は怠惰を良しとしないらしい。運命に放り出されて浪人となった、成り行き任せの行路では舌がくたくたに疲れるほどに使い、頭が茹だる程に回転させる必要があった。
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    zeppei27

    DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。前作を読んだ方がより楽しめるかもしれません。遅刻しましたが、明けましておめでとう、そして誕生日おめでとう~!会えなくなってしまった隠し刀が、諭吉の誕生日を祝う短いお話です。

    >前作:岐路
    https://poipiku.com/271957/11198248.html

    まとめ
    https://formicam.ciao.jp/novel/ro
    ハレノヒ 正月を迎えた江戸は、今や一面雪景色である。銀白色が陽光を跳ね返して眩しく、子供らが面白がってザクザクと踏み、かつまた往来であることを気にもせず雪合戦に興じるものだからひどく喧しい。しかしそれがどんどんと降り積もる量が多くなってきたとなれば、正月を祝ってばかりもいられない。交通量の多い道道では、つるりと滑れば大事故に繋がる可能性が高い。
     自然、雪国ほどの大袈裟なものではないが、毎朝毎夕に雪かきをしては路肩にどんと積み上げるのが日課に組み込まれるというもので、木村芥舟の家に住み込んでいた福沢諭吉も免れることは不可能だ。寧ろ家中で一番の頼れる若手として期待され、庭に積もった雪をせっせと外に捨てる任務を命じられていた。これも米国に渡るため、芥舟の従者として咸臨丸に乗るためだと思えば安い。実際、快く引き受けた諭吉の態度は好意的に受け止められている。今日はもう雪よ降ってくれるなと願いながら庭の縁側で休んでいると、老女中がそっと茶を差し入れてくれた。
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