Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    zeppei27

    @zeppei27

    カダツ(@zeppei27)のポイポイ!そのとき好きなものを思うままに書いた小説を載せています。
    過去ジャンルなど含めた全作品はこちらをご覧ください。
    https://formicam.ciao.jp/

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 90

    zeppei27

    ☆quiet follow

    初RONINで気分のままに、隠し刀(男)×諭吉です。どうして契らせてくれないんだ諭吉ぃ!姫扱いをしてきたのにこの仕打ち、昇華させずにはいられませんでした。服装と言い、恥じらいを見せる様子と言い、居合(史実)まで持ち出してきて胸がいっぱいです。理性的な人が熱くなって激情に身を任せる時の勢いって良いですね……。

    #小説
    novel
    #主福
    #隠し刀(男)
    #RONIN

    舌足らず 横浜貴賓館は今日も活況を呈していた。国も身分も分け隔てなく、世界に対し門戸を開かんとする人々で溢れ、明日への野望や希望がひしめき合って熱気を孕んでいる。交わされる言葉はほぼ日本語ではなく、目を閉じて仕舞えばここが日本であることをも忘れてしまうような様相である。長らく鎖国を強いてきた国とは思えぬ状態で、十年前の日本人であれば誰もが想像だにしなかっただろう。
     ここに、輝かんばかりの明日が見えようとしている。福沢諭吉もまた、そんな足掛かりを得るべく出入りする人間の一人だった。当初は幕府外国方として公文書を翻訳するためだけであったが、今では出入りする人々に日本語を教えるという小遣い稼ぎもできて一石二鳥である。とりわけアーネスト・サトウは、並々ならぬ熱意を持って学ぼうという姿勢が面白く、彼に教える時間が公務に計算されることも含めて希少な存在だ。本居宣長に興味を持ち、和歌を嗜もうとする英国人など、彼の母国でも滅多におるまい。彼との交流は、諭吉に母国に対する新しい見方を発見させる刺激的な時間だった。
    「諭吉、少しゆっくり発音してくれないか?音を覚えたい」
    「構いませんよ」
    そして、今その楽しみはもう一つ増えていた。諭吉はゆっくりと教本としている物語の一節を誦じながら、物静かな教え子の輪郭を目でなぞった。少しも無駄のない、苦難を耐え凌いできた力強い顔である。表情にくれてやる筋肉もないのか、口調と合わさり凪いだ海よりも静かに見えた。突拍子のないことを言い出す際も、妙にもっともらしく響くのは鯨のようにドンと構えて揺るがないからだろう。一体何度無茶を聞いてやったことか。
     男との出会いは突然だ。通称・隠し刀という奇妙な人物は、なんの紹介状も無しに貴賓館に入り込み、堂々真正面からハリスに会いたいと言い放ったのである。見るからに腕の立つ人物であることからして諭吉が警戒心を抱くには十分だったが、引き留めるよりも同道することを選んだのは今思えば――純粋さが滲み出た彼の覚悟に感化されたと言える。あれは何か大事を成す人間にしか放てない輝き、自分の目を奪わずにはいられない存在だった。
    「……こんなところでしょうか。わからない点があれば、気兼ねなく話してください」
    「もう一度、同じ箇所を聞きたい」
    ゆっくりと。繰り返す男の目を見て、諭吉はその熱さに触れた自分を後悔した。見られている。沈着冷静に、時に非情な判断を下すあの目は自分に何を見出しているのだろう。気になって仕舞えば忘れようもなく、諭吉は誦じている物語に逃げ込もうとして失敗した。活字をなぞる指が、手袋越しだというのに湿り気を帯びたような心地がする。隠し刀の目は、夜の帷のような存在の中で唯一雄弁にして情に富んでいた。彼が歴史の大きな変化を迎えようという事物を見る目は好きだが、こうして全てが自分に向かってくるとなると話は別だ。顔が赤くなってやしないだろうか。
    「あの」
    「うん?」
    とうとう根負けしたのは諭吉だった。もにゃもにゃと頬が動きそうになるのを何とか押し留めると、諭吉はどうにか彼から神経をそらせることには成功した。心持ち驚いた風の声音に、彼もまた只人には違いないと自分に言い聞かせる。
    「そんなにじっと見つめられると、恥ずかしいですね。僕の顔に何か気になる点でもあるんでしょうか」
    我ながら思い切った発言だった。まるで自意識過剰であるかのような台詞で気恥ずかしい。隠し刀は幻滅するだろうか?ふとそんな懸念を抱いて諭吉は眉をひそめた。他人が自分をどう思うかなど、自分自身の価値とは無関係ではないか。だが、しかし――
    「ああ」
    煩悶する諭吉をよそに、隠し刀は全く平常通りだった。短く発した言葉だけでは不十分だと気づいたらしく、続いて自分自身の薄い唇を指差した。すい、とその指先に目が吸い寄せられて頭がクラクラする。諭吉を振り回すだけ振り回し、隠し刀はゆっくりと唇を動かして、先ほど諭吉が誦じた一節を紡いで見せた。
    「『 I thought I would sail about a little and see the watery part of the world. (ここらでちょいと船に乗って水の世界ってやつを見てみよう)』」
    「素晴らしい」
    まるで自分が口ずさんだかのような完璧な発音に、諭吉は先ほどまでの狼狽を全て捨てて純粋に驚喜した。教え子の中でも抜きん出て覚えが良い。最初は英字さえ読めなかった人間があっという間に追いついたことを思えば信じられないことである。自分の教育法に対して達成感を覚えながら、諭吉は教本――大好きな物語『白鯨』の頁を撫でた。
    「発音は唇と、舌、喉の使い方が要点だとものの話で聞いた。諭吉が発音する時に、どう動かすのかを観て、真似したまでだ」
    「なるほど、それは理にかなっていますね。ひょっとして、あなたはそれで訛りを消したんですか」
    「ああ」
    不意に思い当たった事実を答え合わせすると、これまたあっさりと肯定される。北陸の雪深い故郷を捨て去った男は、不思議とどこの地域とも言えない音と節回しで物語る。日本各地を転々としてきた諭吉にとって、どこの出身とも言い当てられなかったのは彼が初めてだった。訛りとは出自そのものである。音ひとつにその人間がどこでどう生まれ育ったかが織り込まれているのだ。故郷にしかいない鳥の鳴き声にも似て、同郷者の訛りは耳心地が良く懐かしさをもたらす。
     男はそれを意図的に捨てたという。改めて彼の生き様が非日常であると思い知らされる一事であった。思いの外深い部分を抉った心地に浸っていると、続けて他の節も暗唱した男は残念そうな声を漏らした。
    「唇は見ればわかるのだが、舌の動きはよく見えないから難しいな。ある程度想像で補えるとはいえ、耳だけを頼りにするのは不正確だ」
    くい、と男の手がなんの衒いもなく諭吉の顎にかかり、真正面に向かせられる。逃げたはずの黒々とした目にぶつかり、舌がもつれた。鯨の目だ、深い水底に沈んだ巨大な化け物。捕まえられたらばきっと喰らい尽くされてしまう。
    「口の中に指を入れたまま発音してもらったらば、わかるやもしれないな」
    「な」
    唇がこじ開けられ、諭吉は今度こそ全身の筋肉をこわばらせた。緊張のあまり涎が垂れなかったことは幸運であるものの、頭が真っ白に塗りつぶされたままである。恐怖や不安よりも、好奇心から諭吉は動けずにいた。男の指が自分の口の中に入れられたらばどうなるだろう。舌を引っ張り出されて、掻き回されたらば一体どんな気分になってしまうのか?処刑執行を待ち侘び、あらぬことを口走ってしまいそうになる。ごくりと唾を飲み込んで隠し刀を見つめると、ふ、と男は珍しく淡い笑みを浮かべた。
    「それは今度の楽しみにしておこう」
    ここではじっくり確かめられなさそうだ、と嘯く男が目をやった先にサトウの姿を認め、諭吉はさああっと全身の血の気が引いてゆくのを感じた。先ほどまで呑まれかけていたあの津波もなんとやら、公の場で自分は何をしようとしたのかと穴があったら入りたい心地である。自分は、自分たちは妙に見えなかっただろうか?この身に抱いた白鯨が暴露されたらば、どうしてくれよう。
    「あなた、もしかしてわかってやりましたね」
    「教師は諭吉だろう」
    わかっているのはそちらのはずだが、と器用な舌が言葉を操る。性質の悪い男だ、舌っ足らずの言葉知らずにどう答えてやろうかと諭吉は深くため息をついた。
    「虎穴に入る前に、千尋の谷に突き落としてやりましょうか」
    「どういう意味だ?」
    すぐさま食いつく男の純粋さに、諭吉は心の中で舌打ちした。全くこの生徒を可愛いと思ってしまうだなんて、自分の理性はどこかに家出してしまったに違いない。
    「お隣の国の故事ですよ」
    果たして男はどこまでついてくるだろう。いつか白鯨を討ち取れるだろうか?書物の山から目当てのものを引っ張り出しながら、諭吉は自分がその日を密かに楽しみにしていることに気づいていた。好奇心には果てがない。進むだけ進んだならば、きっと気分がいいに違いない。
     漢文を読み下す男の唇を目でなぞる。その中の熱さを想像し、諭吉はうっそりと微笑んだ。

    〆.


    **
    文中英文は「The Project Gutenberg」よりハーマン・メルヴィルの『白鯨』原文です。
    https://www.gutenberg.org/files/2701/2701-h/2701-h.htm#link2HCH0001
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ❤👏👏🙏😭😭😭😭😭👏👏👏😭🙏❤👏😭👏❤👏😭☺☺❤😍☺👏💖🙏💴💴💴💯💯❤❤❤
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    zeppei27

    DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。七夕を楽しむ二人と、夏の風物詩たちを詰め込んだお話です。神頼みができない人にも人事を超えた願いがあるのは良いですね。
    >前作:昔の話
    https://poipiku.com/271957/11735878.html
    まとめ
    https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
    星渡 折からの長雨は梅雨を経て、尚も止まぬようであった。蒸し暑さが冷えて一安心、と思ったが、いよいよ寒いと慌てて質屋に冬布団を取り戻そうと人が押しかけたほどである。さては今年は凶作になりはすまいか、と一部が心配したのも無理からぬことだろう。てるてる坊主をいくつも吊るして、さながら大獄後のようだと背筋が凍るような狂歌が高札に掲げられたのは人心の荒廃を憂えずにはいられない。
     しかし夏至を越え、流石に日が伸びた後はいくらか空も笑顔を見せるようになった。夜が必ず明けるように、悩み苦しみというのはいつしか晴れるものだ。人の心はうつろいやすく、お役御免となったてるてる坊主を片付け、軒先に笹飾りを並べるなどする。揺らめく色とりどりの短冊に目を引かれ、福沢諭吉はついこの前までは同じ場所に菖蒲を飾っていたことを思い出した。つくづく時間が経つ早さは増水時の川の流れとは比べるまでもなく早い。寧ろ、歳を重ねるごとに勢いを増しているかのように感じられる。
    3654

    zeppei27

    DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。リクエストをいただいた、諭吉の「過去のやらかしがバレてしまう」お話です。自伝の諭吉、なかなかの悪だからね……端午の節句と併せてお楽しみください。
    >前作:枝を惜しむ
    https://poipiku.com/271957/11698901.html
    まとめ
    https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
    昔の話 気まぐれに誰かを指名した後、その人の知り合いを辿ってゆけば、いずれ己に辿り着くらしい。世界広しといえどもぐるりと巡れば繋がっていると聞いたところで、福沢諭吉には今ひとつわかりかねる話だった。もっともらしい話をした人物が、自分に説諭しようという輩だったから反発心を抱いたということもある。その節にはいくらか激論を戦わせてもの別れになり、以来すっかり忘れてしまっていた。
     だが、こと情人である隠し刀に関していえば、全ての人と人が何某かの形で繋がっているのではないかという気にさせられる。勝海舟邸に出入りするようになって日が浅いが、訪れる人が悉く彼の知り合いだった、などは最早驚くに値しない。知らぬうちに篤姫からおやつを頂戴していた際には流石に仰天させられたし、勝の肝煎である神田医学所はもちろん、小石川植物園にまでちゃっかり縁を繋いでいる。幕府の役人でさえそう縦横無尽に出入りすることはままならない。彼の自由さは本物であり、語る冒険譚は講談の域に達している。
    8555

    zeppei27

    DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。御前試合の後、隠し刀が諭吉に髪を整えてもらうお話です。諭吉の断髪式に立ち会いたかった……!どうしてなんだ、諭吉!
    >前作:探り合い
    https://poipiku.com/271957/11594741.html
    まとめ
    https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
    枝を惜しむ もう朝である。障子を通り過ぎた陽の光に瞼をぴくりと動かすと、諭吉はうっすらと浮かび上がっていた意識を完全に現実へと上陸させた。つい先ごろうたた寝をしながら書物を読んでいたつもりが、いつの間にやら轟沈してしまったらしい。やるべきことは山積していると言うのに、ままならぬものである。光陰矢の如しというが、このところは本当に年中時間が勝手に体を通り抜けていっているような気がしている。国全体が大きなうねりの中にあって、置いていかれぬためには必死で鮪のように泳ぎ続けねばならない。
     無意識のままに簡単に身支度を整え、ここが勝海舟の邸だということを再認する。要するに仕事で一日を食い潰したのだろう。どこを向いても自分くらいしかできないだろうという未来が転がっているので、少しも気の休まる日がない。顔を洗ってもしっくりしないので、朝食を終えたら(もちろん太っ腹な勝であれば出してくれるに決まっている)朝湯に行って仕切り直しを図ろうか。鏡を見て、自分の髪を整え直し――諭吉は鏡の端に写った相手に会釈した。
    4938

    zeppei27

    DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。数年間の別離を経て、江戸で再会する隠し刀と諭吉。以前とは異なってしまった互いが、もう一度一緒に前を向くお話です。遊郭の諭吉はなんで振り返れないんですか?

    >前作:ハレノヒ
    https://poipiku.com/271957/11274517.html
    まとめ
    https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
    答え 今年も春は鬱陶しいほどに浮かれていた。だんだんと陽が熟していくのだが、見せかけばかりでちっとも中身が伴わない。自分の中での季節は死んでしまったのだ、と隠し刀は長屋の庭に咲く蒲公英に虚な瞳を向けた。季節を感じ取れるようになったのはつい数年前だと言うのに、人並みの感覚を理解した端から既に呪わしく感じている。いっそ人間ではなく木石であれば、どんなに気が楽だったろう。
     それもこれも、縁のもつれ、自分の思い通りにならぬ執着に端を発する。三年前、たったの三年前に、隠し刀は恋に落ちた。相手は自分のような血腥い人生からは丸切り程遠い、福沢諭吉である。幕府の官吏であり、西洋というまだ見ぬ世界への強い憧れを抱く、明るい未来を宿した人だった。身綺麗で清廉潔白なようで、酒と煙草が大好物だし、愚痴もこぼす、子供っぽい甘えや悪戯っけを浴びているうちに深みに嵌ったと言って良い。彼と過ごした時間に一切恥はなく、また彼と一緒に歩んでいきたいともがく自分自身は好きだった。
    18826

    related works

    zeppei27

    DONE企画4本目、加糖さんよりご指名頂いた黒田で、『分け合いっこ』です。豪快さと可愛さの合わせ技、黒田君はいろんなものを何の気なしに分け合ってくれるような気がします。多分他意はないんだ……あるって言って!
     リクエストありがとうございました!
    太陽の共食い 薩摩藩上屋敷は夏真っ盛りだった。縁側をみっしりと埋め、前庭に敷いた筵一面に広がる夏の成果に、黒田清隆は目を疑った。江戸に来てから久しいが、このような異様な光景に出くわすのは初めてである。
    「西瓜……だと?」
    「その通りだ、黒田」
    朋輩たちがわらわらと興味本位で群がる様に呆然としていると、のっそりと大きな影がさした。いついかなる時も沈着冷静な人は誰であろう、大久保利通である。流石に彼ならば事情を知っているに違いない。こちらの困惑を見て取ったのだろう、利通は淡々と続けた。
    「篤姫様が、暑気払いにと御下賜されたのだ。京の都から取り寄せたらしい。……一人一つだ!欲張るでないぞ!」
    「承知しもした!」
    すかさずちょろまかそうとした輩がいたのだろう、利通の一喝ですぐさま場の空気が引き締まる。確かに、薩摩の暑さに比べれば江戸の夏など可愛らしいものだが、暑いには変わりない。西瓜のみずみずしい甘さは極上に感じられるだろう。篤姫も小粋な計らいをしてくれたものだ。
    3277

    zeppei27

    DONEいつもの主福の現パロのハロウィン話です。単品でも読めます。本に書下ろしで書いていた現パロ時空ですが、アシスタント×大学教授という前提だけわかっていれば無問題!普段通りの場所の空気が変わるのって、面白いですね。
    幸なるかな、愚かな人よ 最初はクリスマスだった。次に母の日が来てバレンタインデーが来て、父の日というなんとも忘れられがちなものを経てハロウィンがやって来た。日本のカレンダーでは直接書かれることはまだまだ少ないものの、じわじわと広まった(あるいはメディアなどの思惑に乗って広められた)習慣は、お花見よろしくお祭り騒ぎをする格好の理由として大流行りを迎えている。街中に出れば、芋栗南瓜くらいしかなかった秋の風景に、仮装衣装が並び、西洋風の怪物や魔女、お化けといった飾り物が目を楽しませてくれる。
     秋と言えば何といっても紅葉で、その静けさと味わい深さを愛していた福沢諭吉にしてみれば、取り立てて魅力的なイベントではない。寧ろ、大学で教鞭を奮う立場にとっては聊か困りものでもあった。校門前には南瓜頭を被った不審者が守衛に呼び止められ、学生証の提示を求められている。ブラスバンド部が骸骨が描かれた全身タイツを着て、ハロウィンにちなんだ映画音楽を演奏し、それに合わせて黒猫の格好をしたチアリーダーがぴょんぴょん跳ねる。ここぞとばかりに菓子を売る生協の職員は魔女で、右を向いても左を向いても仮装をした人間が目立った。まともな格好をしている人間が異界に迷い込んだ心地とはまさにこのような状態を指すだろう。
    2260

    zeppei27

    DONE企画2本目、うさりさんよりいただいたご指名の龍馬で、『匂いを嗅ぐ』です。龍馬は湯屋に行かないのでなんというか……濃そうだな、などと具体的に想像してしまいました。香水をつけていることもあり、変化を楽しめる相手だと思います。
     リクエストありがとうございました!
    聞香 千葉道場の帰り道は常に足取りが重い。それなりに鍛えている方だが、疲労は蓄積するものなのだと隠し刀は己の限界を実感していた。所詮は人の身である。男谷道場も講武館も、秘密の忍者屋敷もすいすいとこなしたところで、回を重ねれば疲れるのも道理だ。
     が、千葉道場は中でも格別であった。理由の一つは毎度千葉佐那が突撃してくることで、一度は勝負しないと承知してくれない。そうでもなければ、「私に会いに来てくださったのではないですか」などとしおらしい物言いをされるので弱ってしまう。健気な少女を健全に支えたつもりが、妙な逆ねじを食わされている形だ。
     佐那だけならばまだ良い。性懲りもなく絡んでくる清河八郎もまあ、どうにかなる。問題は最後の一つで、佐那が坂本龍馬と自分との手合わせを観たいとせがむところにあった。彼女は元々龍馬と浅からぬ因縁があり、ずるい男は逃げ回るばかりで年貢を納めようとしない。その癖、隠し刀の太刀筋が観たいだのなんだの言いながら道場までついてくる。佐那は龍馬と手合わせできないのであれば、二人が戦う様を観たいと譲歩してくれるというのが一連の流れだ。
    3110

    zeppei27

    DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。七夕を楽しむ二人と、夏の風物詩たちを詰め込んだお話です。神頼みができない人にも人事を超えた願いがあるのは良いですね。
    >前作:昔の話
    https://poipiku.com/271957/11735878.html
    まとめ
    https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
    星渡 折からの長雨は梅雨を経て、尚も止まぬようであった。蒸し暑さが冷えて一安心、と思ったが、いよいよ寒いと慌てて質屋に冬布団を取り戻そうと人が押しかけたほどである。さては今年は凶作になりはすまいか、と一部が心配したのも無理からぬことだろう。てるてる坊主をいくつも吊るして、さながら大獄後のようだと背筋が凍るような狂歌が高札に掲げられたのは人心の荒廃を憂えずにはいられない。
     しかし夏至を越え、流石に日が伸びた後はいくらか空も笑顔を見せるようになった。夜が必ず明けるように、悩み苦しみというのはいつしか晴れるものだ。人の心はうつろいやすく、お役御免となったてるてる坊主を片付け、軒先に笹飾りを並べるなどする。揺らめく色とりどりの短冊に目を引かれ、福沢諭吉はついこの前までは同じ場所に菖蒲を飾っていたことを思い出した。つくづく時間が経つ早さは増水時の川の流れとは比べるまでもなく早い。寧ろ、歳を重ねるごとに勢いを増しているかのように感じられる。
    3654

    recommended works