陽の差すところ これはこれは、よくおいでくださいました。幾度も足を運んでいただき、誠にありがとうございます。方々に貿易商は店を構えども、手前の店は他の江戸藩邸に負けぬ品揃えと自負しております。ええ、今日日は薩摩焼も好評でして。異国の方々には、優れた技術と絢爛豪華な美術性の双方が素晴らしいと大流行りですよ。
今日は随分やかましい?稽古場の音がここまで届いておりますからね、それに今日は空模様が危ういようですから。しかしご安心ください、そのうちおさまりましょう。
何、薩摩藩の稽古の中心と言えば黒田清隆様、あのお方の気分がどうにも斜めというわけでして。若手の代表格のようなお方です、荒れれば他の藩士が相手をするのは一苦労だ。私?私は論外ですよ——やっとうの腕は立ちませんで。立派なのは体格ばかりです。
おっしゃる通り、黒田様は気持ちの良い方です。例えて申し上げるならば、お天道様でしょうか。さんさんと輝いて眩しいだけでなく、私らのような人間にも心を砕いてくださる公平さもお持ちです。だから、身分の隔てなく若者には魅力的に映るのでしょう。
江戸の言葉も話す、知的で開かれた方ですからね……おっと、これは失言でした。よく手前の店でも色々なものを買いがてら、最新の流行や風聞を話すものですから、つい。その点はあなた様ともお揃いですね。
黒田様は元より良い方ですが、近頃はますます男振りに磨きがかかりました。そうは思いませんか?特に、ある方が出入りする際には一段と張り切って、その日ばかりは藩邸全体が活気付くんです。おや、お気づきでない。誠ですよ、もうしばらくここで時間を過ごしなさると良い。茶でも出しましょうか。かすていらもおつけしますよ。
良い食べっぷりだ!して今日のご用事は……ははあ、贈り物ですか。ようござんす、飾り物から食べ物まで、何だって用立てて見せましょう。黒田様のお好みですか?先ほど随分話し過ぎてしまいましたからね。あなた様と話すとどうもいけない。ですが、悪くないお話です。
薩摩方はどなた様も酒好きですが、黒田様は頭ひとつ飛び出ていると申し上げて良いでしょう。特に強いお酒がお好みのようでして、大久保様などにはあまり多く勧めるなと苦言を呈されたこともございます。何でも酒癖が……まあ、私は御相伴に預かりませんので、真偽の程は定かではございませんが。ウヰスキーは如何でしょう?先ごろ米国より買い求めたものです。あるいは珍しいところですと、波蘭国のウォトカをご用意しております。何でも魂という名前だそうでして、飲めば口から火が出るとか。はは、もちろん私は飲みません。高値ですから……お買い求めいただき、ありがとうございます。どのような味であったのか、ぜひ後でご感想をお伺いさせてくださいませ。
珍しくはない、ですって?黒田様は普段から酒で火を。ほう、それはまた剣呑だ!おっと、内緒にしておいてください。道場稽古で酒も火も出番はないのではありませんか?いつものことだと。それもまた、盛り上がりということなのやもしれませんね。
……聞こえましたか?郷里の言葉で、他に骨のある奴はおらんのか、という意味でございますよ。黒田様はどうやら全員叩きのめしてしまったようですね。お若い方々も可哀想に。お天道様が雲に覆われているとどうもいけない。
逆に活気づいた時の様子ですか?側から見ても浮き足立っていることがわかるくらいに、全身から嬉しいという気持ちが溢れて、自ずとこちらまで嬉しさが移ってくるような塩梅です。会って、話して、打ち合って、芯から楽しいのでしょう。その後は仕事もよく進むのだそうで、他の藩士の方々までその方の到来を心から待ち侘びていると耳にしたことがございます。
ああ、その方がいらっしゃる時以外でももちろんございますよ。その方との手紙のやり取りをしている時や、手前の店であれこれ商品を選んでいる時など——そうだ、あなた様は何かお好みはございますでしょうか。仕入れの参考にしたいと思いましてね。方々を出歩くのであれば、私よりも目が肥えているのではありませんか?謙遜なさいますな。
ふむ、ふむ、ふむ。なるほど、あなた様は質実剛健という言葉がまさにぴったりですね。道理でなかなか当たらないと——いえ、こちらの話。私も勉強が足りませんでした。次にお目にかかる時には、きっとご用意致しましょう。
随分話が長くなってしまいましたね。どうも私ばかりが一辺倒に話してしまったかのようで、お恥ずかしい限りです。ウォトカをお持ちください。それと、おまけにこちらも、スキットルという、異国で酒を持ち運ぶために使う水筒です。きっと必要になりますよ。
さ、中へお入りください。そろそろお天道様には顔を出して頂かないといけません。あなた様が行けば覿面、すぐに晴れ渡りますからご安心ください。何故って?そりゃあ、あなた様ですから。意味がお分かりにならないのであれば、何度でもここにお立ち寄りください。その度にお話しいたしましょう。
どうかあの方を晴らしてやってくださいな、隠し刀さん。
〆.