クルール・ドレイパーという少年は、「あっ、やっほー、元気してた?」
一瞬、それが自分に対して掛けられた声だと気づかなかった。一瞬遅れてでも反応が出来たのは、その声が聞き覚えのあるものだったからだ。
「……クルール君?」
確かめるように名前を呼べば、彼はくしゃりと笑う。それは、私の良く知る笑い方だった。
「なになに?オレのこと忘れちゃったわけ?寂しいなーもう」
「違うよ、あんまり久しぶりだったからびっくりしただけ」
「えー、本当?無理やり誤魔化しただけじゃない?」
首を傾けたクルール君に、疑うように下から覗き込まれる。それに反論するより早く、クルール君が「ま、どっちでもいいけど」なんて言ってからりと笑った。その冷たいんだかなんだか良く分からない温度感に、なんだか懐かしさを感じる。そうそう、彼と言えばこんな感じだった。
クルール君は、去年の防衛術で同じクラスだった男の子だ。運悪く誰も知り合いの居ないクラスに振り分けられてしまって、最初のペア学習で困っていた時に声を掛けてくれたのが彼だった。その後も、私が相手をうまく見つけられない時にはよく組んでくれていた。私からしたらありがたい限りである。
けれど、四年生に上がってから、クルール君のことを防衛術の授業で見ることは無くなった。彼が防衛術を取らなくなったのか、それともただ単にクラスが分かれてしまったからなのかは分からない。私と彼の繋がりは、週に何回かの防衛術の授業だけだったから、自然と交流は無くなっていった。
そして、今は四年生の、クリスマス休暇を目前に控えた12月だ。私が彼を忘れてかけていたのも、仕方のないことだと思ってほしい。そう心の中で誰に言うでもなく言い訳をしたところで、ふと思う。
クルール君は、私に一体何の用があって来たんだろう。
「ところで、クルール君はどうしたの?」
「うん?ああ、なんで話しかけてきたのかって?」
質問に質問で返してきた彼にこくりと頷く。それを見た彼は制服の内側に手を入れてごそごそと何か探し始めた。
「ちょーっと、アンタに用事があってさあ?」
言いながら、彼はおもむろに杖を取り出した。それを不思議に思って眺めていると、ついと杖の先端をクルール君が指す。
「ちょっと、ここじーっと見ててくんない?」
「うん……?分かった」
よく分からないまま、言われるがままに杖の先端を見つめる。何か面白い魔法でも見つけたのだろうか。そういえば彼は愉快犯的な側面があったな、と思い出して少し微笑ましく思った、その時だった。
「──アルタグニス」
目の前で、火花が散った。私に見えたのは、それまでだった。
最初に感じたのは、熱。熱さから逃れようと体をひねったところで、痛みが走った。
いや、走ったなんてものではない。熱い。痛い。これはまるで、目が焼けているみたいだ。そう思い至ったところで、己の視界が潰れていることに気づいた。
「あ、ああああああああああ!!」
「ちょっ、うるさっ!夜なんだからさ、静かにしろって。──ナヴィオラン・フィル」
言われるとほぼ同時に、口に何かが巻き付く。呪文からして、何かの植物のツルだろうな、と頭の冷静な部分で思った。
「ん、んんんん!!」
「はは、何言ってんのか分かんねー」
口を塞がれても、声を上げることをやめることは出来なかった。だって、あまりにも熱くて、痛くて。
私だって魔法使いだ。戦場に出たことは何度もある。だから、今まで何度か怪我は負ってきた。でも、こんな、目を焼かれるだなんて、そんな経験は初めてだった。
見えない視界の先、目の前で笑っている男の子に対して、今になって恐怖が芽生えてくる。
(どうして)
だって、去年一緒に防衛術の授業を受けたときは、ただのちょっと悪戯好きな男の子だったのに。魔法が成功した時は一緒に笑って、難しい魔法の時は一緒に苦労して、時々教科書の端に落書きを書いて、先生に一緒に怒られたりして。
なのに、どうして。
どうしてと叫ぼうとしたけれど、私の叫びはツタに遮られて音にならなかった。それが余りに悔しくて、悲しくて、辛くて、喉の奥がツンとする。それでも涙が流れる感覚は無くて、ああそうだ、私の目は焼かれたんだったと改めて痛感した。
「ごめんな、痛いよな。でもさあ、なーんか最近、アンタ良くないもん見ちゃったみたいでさ?念のためってことで、オレに連絡来たんだわ」
続けて、ガツンと頭に衝撃が走る。受け身を取ることも出来ず、そのまま地面に倒れたところで、殴られたんだと気づいた。
「ま、そういうワケで。悪いけど、アンタには死んでもらうことになったんだなあこれが」
言われた言葉に、体の芯が冷える。死んでもらうってことは、だって、つまり。
私、殺されるの?
そう理解して、暴れようとするも時既に遅し。体を上から押さえつけられて、身動きを封じられた。
「ああそうだ。ちょっと早いけど、メリークリスマス。そんじゃな」
待って、だってまだ、私は。
魔法使いなんだから、いつだって死は覚悟していたつもりだったけれど、私の覚悟は足りなかったらしい。
最後に私の耳に入ったのは、耳慣れない音で構成された呪文だった。