いつかのように、彼女の前で泣くのだけは御免だった「幸せになってください」
美麗なウエディングドレスに身を包んだ彼女がそう言ったのは、結婚式本番直前、控え室での出来事だった。
「……それは、どういうことだ?」
少し考えたものの、言葉の意図がいまいち掴めなくて聞き返せば、「すいません、言葉が足りませんでしたね」とすぐに謝罪が返ってきた。
「私とあなたは、傍から見れば政略結婚だと、そう思われるでしょう。実際、貴方からしたらそうでしょうし」
彼女から発せられる言葉達が、とても式直前に話す内容ではなくて少し困惑する。思わず首を傾げた俺に、彼女は薄く笑ってからまた口を開いた。
「けれど、私が望むのは形だけの家族ではありません。私とともに努力し、家を守り育てて行ける婿が望ましかった」
彼女はいつも通りの調子で続けた。
「だから、母から婿候補を見せられた時貴方を見つけて……安心した、と言うか。貴方は努力家で、己の不利な点を長年のそれでカバーすることの出来る素晴らしい人だと、知っていたので。……まあ、お互い気心が知れている方が何かと楽かと思った、という打算的な面もありましたが」
ふう、とひとつ息を吐き、彼女が改めて俺と視線を合わせる。いつもよりもずっと着飾った彼女に見つめられると、なんだか落ち着かない気分になった。
「つまりですね、私が言いたいのは」
ごくり、緊張のためか、思わず唾を飲む。
「私が、あなたを望んだのです」
その言葉は、まるで弾丸のように俺に刺さり、そして貫通することも無く体内に残った。
「ですから、私は当主として、そしてあなたの妻として、あなたにも幸せをつかんでほしい」
半ば呆然としたまま、続きを聞く。
「ただ義務感から家にいるのではだめなのです。私の家が、あなたの家になります。あの家で、貴方も心地よく過ごして欲しい」
それでもどうしてか、彼女の口から紡がれる言葉たちはすとんと自分の中へ落ちてきた。
「だから、貴方にも幸せに……いえ、言い方が、違ったかしら。貴方も、幸せにします」
いつも通り凛と背を伸ばし座る彼女が、俺を真っ直ぐに見るその鮮やかな青が、あんまりにも綺麗で、目頭が熱くなった。