僕と豊前と豊前のジャージ「ふう」
「やあ松井。いま戻りかい?」
「ええ。今日は出陣だけだったので。ご飯を食べる前にお風呂をいただいても?」
「ああ、いっておいで。ほら、顔を上げて。君は笑顔が似合うのだから」
今日は君の好物だよと言う歌仙の言葉に、僕の心は踊った。泥やホコリで汚れた体を早く洗い流してスッキリしたい。――豊前とはまだ会えないのだし、ささっと済ませてしまおう。
「今日の昼餉は幸せだった……」
歌仙は神か、と思った(みな付喪神だから神には違いないのだが)
今日のメニューはカツカレーに唐揚げ、大根とツナのサラダ。美味しくてついおかわりまでしてしまった。最近顕現した仲間たちに小食と思われていたことに驚いた。何を隠そう僕は食べることが大好きだ。
昼餉を終えて部屋に戻る。しん……と静まり返った室内は豊前が来る前と同じだ。豊前はいま、2カ月の長期遠征に行っていて会えていない。
不思議だな。豊前が来る前はこの環境が普通だったのに、豊前と過ごす今は、彼がいないと落ち着かない。それだけ豊前の存在が僕の中で大きく育っていたことになる。
「あと2週間か……。長いな……」
なにもすることが浮かばなくて、ベッドに横になる。シーツも枕も洗濯しているから、豊前の香りは消えてしまっていた。少し寂しい。豊前を感じられたら寂しさも減るかなと思ったけど、より寂しさが増すだけだった。
「そうだ……内番のジャージがあったはず」
箪笥の中から豊前のジャージを取り出して抱きしめてみる。豊前の匂いがして、とても安心する。周囲を見渡して誰も見ていないことを確認してから、ジャージの袖に腕を通してみた。襟のとろこに鼻を埋めて豊前の匂いを堪能すると、まるでそこに豊前がいるような錯覚に陥ってしまう。ああ、いけない、これは重症だ。
「豊前……」
上着を着たまま改めてベッドに横になる。でも、さきほどとは違う安心感で胸がいっぱいになった。
以前はひとりで眠ることに抵抗はなかった。でも今は、豊前が隣にいないとよく眠れない。
ちょっとだけなら…そんな考えが浮かんだ僕は下肢に腕を伸ばした。
豊前はいつもどう触れてきただろうか。思い出しながら自分の手を動かしてみる。豊前の触り方には近いけど、全然違う。自分の手だけでは物足りない。
……どうしよう。後ろが疼いてきた。指を少し舐めてから、そこへ指を宛がってみる。自分の指だと奥まで届かないからもどかしい。もっと、もっとと奥まで求めている。
「ぶぜ…っ」
「呼んだか?」
「え……!?」
「お楽しみのところ邪魔しちまったみてーだな」
「え、あの……これは…・・・っ。え、遠征は!?」
僕は一瞬幻覚を見ているかと思ったけれど、違うようだ。ああ、本物だ。本物の豊前だ。
「早く終わったから帰ってきた。まさか、まつがこんな可愛いことしてるとは思ってなかったなあ」
「ちが、これは……っ」
下履きを履こうと手を伸ばしたが、矢よりも早く豊前の手に止められた。ベッドの軋む音がしたと思えば、豊前に組み敷かれていた。
「現実の俺と頭の中の俺、どっちが気持ちよかった?」
「それは……っ」
豊前はときどきずるいことを聞いてくる。それも、僕が答えることを分かった上で。豊前の国宝すぎる顔が目前にまで迫ってきて、僕は息が止まった。
「……君がいちばんに決まっているだろう。……ばか」
「悪ぃ悪ぃって。まつの頭の中の俺に嫉妬するくらい、俺はまつが好きすぎるんだよ」
「……知ってる」
「もうちっと堪能しようと思ったんだが。久しぶりに会ったもんだから、我慢できなくなりそうな気がしないでもねえ」
「我慢しないでいいよ……」
豊前に噛みつくようにキスをすれば、目の前の紅い瞳がぎらぎらと燃えるように真っ赤になった。
今日の豊前は獣みたいだなと思う。それだけ、お互いにお互いが足りていなかった証拠だ。強く攻め立てられるのは、豊前に求められてるような気がして嫌いじゃない。普段は恥ずかしい水音すら、いまは興奮に変わる。
「まつの中、あったかいのな。久々すぎて離してくれねえの」
「い、わないでえっ」
「ほら、まつって名前呼ぶと締まるのわかるか?」
「やぁ、だめそれっ……んんんっ、」
「気持ちいいんだろ?」
「きもち、いい……っ、きもちいい、からぁ……っ」
身体が揺さぶられて自分がどこにいるのか分からなくなる。会えなかった分の反動がぜんぶ返ってきて、全身が、心が豊前を求めてる。もう、このまま二人一緒に溶けてしまえたらいいのに。
目の前がかちかちと明滅する。こわい。全身の血が沸騰して溢れそうだ。
「ひゃ……っ、ぁあっ……」
「まつ、かわいい。まつがとろとろに蕩けるカオ、たまんねえわ」
もう一回見たいと言われて、僕の口からは喘ぐ声しか出なかった。豊前、僕がこうなった責任はとってもらうかね。