ミステイク(ヒューマンエラー) ギノの機嫌が悪いのは、俺が仕事でミスをしたからだ。それもどうとでもなる、小学生でも見つけられるミスをしたからだ。彼は仕事には厳しい男で、そういうのを嫌う人間だったから、俺は絶賛無視をされている。どちらが子供っぽいかは分からないが、彼の腹の虫が治まるまでは、俺は一言も口をきけないだろう。けれど波は俺になびいてきている。花城はさっきからいらいらしているし(仕事中に喧嘩をするなと言いたいんだろう)、須郷も気遣わしげだ(彼は誰かが喧嘩をしていると収めようとするところがあった)。だからここでギノが俺を許してくれれば全ては丸く収まるのだが、まだそれはうまく行きそうになかった。それくらい、彼は強情だったのだ。笑ってしまうくらいに。
「ねぇ、宜野座。もうそろそろ許してあげてもいいんじゃない。ヒューマンエラーはどこの職場でもあるわよ。あなただってする可能性があるんだから。だからね?」
花城が助けに入る。俺はそれに感謝する。彼女はきつい女だが、情の深い女でもあった。何かが部下に起これば真っ先に助けに入ろうとするところのある女だ。
「ヒューマンエラー以下だよ、課長。それをこいつは謝りもしないで……」
そう言えば俺はまだ謝っていないのだった。すっかり忘れていた。花城が呆れた顔で俺を見る。あなた、謝ってないなんて嘘よね? そんな顔だ。でも忘れていたんだからしょうがないだろう。それに謝るほどのミスでもないと思って次に行ったんだ。ミスはちゃんと修正したのだし。
「ギノ……」
「今更謝られてもな。……朝食のパン一ヶ月分で手を打つ」
「あなたたち喧嘩してるの? のろけてるの? 割って入った私が馬鹿みたい」
花城が頭を抱えてコーヒーをすする。俺は彼が好きなパン屋のために早く起きる労力と彼の機嫌を天秤にかけたが、やっぱり彼が普段と同じようにしている方が俺にとってはマシだった。こんなんだからギノは好き勝手怒るんだろう。でも、俺はそれくらいにやられてしまっていて、そして俺はそれを気に入っているのだった。彼に振り回されることに、彼の好きなようにされていることに。なぁ、ギノ。お前はそれに気づいている?