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    sayuta38

    鍾魈短文格納庫

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    sayuta38

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    鍾魈短文。帰る場所。
    筍掘った先生が帰りに望舒旅館に寄る話です。

    #鍾魈
    Zhongxiao

    帰る場所「は……、はっ……」
     今の魈には、体内に酸素を送り込むことで精一杯だった。今すぐここに座り込んで、眠ってしまいたい。
     今日は妖魔の気配が一際多く、夜通し殲滅することになってしまった。朝の澄み切った陽の光が、璃月の一日を照らしていく。
     眩しさに目が眩む。ぐらぐらと揺れる頭が重い。でも、帰らなければならない。
    「めんどうな……」
     以前の自分だったら、その辺で眠っていただろう。誰にも気にされなかった存在のはずなのに、近頃は鍾離へ報告が入るらしく、目が覚めたら隣に鍾離がいることがよくある。不甲斐ないことこの上なしではあるが、鍾離が好きでやっていることだから気にしなくていいと言われる始末である。が、気にならない訳がない。
     一歩、また一歩、重い身体を引きずりながら望舒旅館への道を辿る。鍾離に迷惑は掛けられない。鍾離に心配も掛けられない。あの場所へ帰る。それだけの意思で、足を動かしていた。
    「しょ……り、さま…………?」
     なぜだ。望舒旅館へと近づいていくと、見える人影があった。朧気な輪郭しかわからないが、魈がそれを見間違えようもなく、そこにいるのは鍾離だった。
    「っ! 魈!」
     うっかり足を止めてしまった時、思っていたより限界だったのを知った。一瞬にして気が抜けてしまったのだ。崩れ落ちていく身体に抗うこともできず、地面に膝をつく。顔が地面に叩きつけられるところだったのだが、すんでのところで鍾離に受け止められてしまった。
    「は……ぁ、はっ……」
     ご迷惑をお掛かけしてしまい、申し訳ありません。
     お召し物が汚れてしまいます。我に構わずとも、大丈夫です。
     そう言いたいのに、吐き出した息に言葉が乗らなかった。そればかりか、鍾離に体重を預けてしまっている。
    「われは、また……」
    「気にするな。たまたま近くに来ていただけだ。ゆっくり休め」
     目元に手を当てられると、強制的に意識が落ちていく。こんなところで眠ってしまう訳にはいかないのだが、もう抗う力さえ残っていなかった。

     目を開けると、淡い橙色の灯りが見えた。これは数日前に鍾離によって部屋に持ち込まれたものだ。つまり、ここは自分がいつも寝泊まりしている望舒旅館の一室だということがわかった。
     どのくらい寝ていたのかわからないが、体力はだいぶ回復していた。今日も魔を屠ることはできるだろう。敷布から起き上がってみたけれど、そこに鍾離はいなかった。
    「む。起きたか」
    「……鍾離様……」
    「だいぶ回復したようだな」
     しばらく寝台の上で呆けていると、鍾離が部屋の中へと入ってきた。手には杏仁豆腐と、何か温かそうな料理を持っていた。
    「すまない。余計なことをしてしまった。俺があそこにいなければ、お前は自力で自分の部屋に戻っていただろうに」
    「いえ、鍾離様が気にされることはなにも……ただ、我が弱かっただけです」
    「まぁそう謙遜するな。何か食べれそうか?」
    「……少しなら。鍾離様、その料理は……?」
    「これか? 言笑に作って貰ったんだ。お前の為に杏仁豆腐を貰いに行ったのだが、世間話をしているうちに俺が筍を持っているのに気づかれてしまってな。材料をくれるならと半日かけて調理してくれたものだ」
     鍾離は備え付けのテーブルに料理を置いて、椅子にゆったりと腰掛けた。
    「そうでしたか。……我は半日も眠っていたのですか?」
    「そうだな。そういうことになる」
     体力の限界が来ていたとはいえ、少しばかり眠りすぎてしまったようだ。そして自分が起きるまでの間、鍾離はずっとこの望舒旅館にいたということがわかってしまい、申し訳なく思った。
     しかし、そもそもなぜ鍾離は望舒旅館にいたのだろうか。という疑問も浮かんだ。
    「鍾離様は、なぜ、筍を……?」
    「ああ、今朝は筍を掘っていたんだ」
    「掘っていた……」
    「堂主の頼まれものでな。早々に終わったので帰りついでお前に会いに行ったのだが、そのような呑気な状況ではなかったようだな。すまない」
    「いえ、鍾離様が凡人の生活を楽しまれているようで何よりです」
     筍……ということは、今朝方鍾離は軽策荘にいたのだろう。確かに部屋の隅には、筍がたくさん入った籠が置いてあった。
    「さて、お前の無事も確認したところで夕餉にしよう。あまり帰りが遅すぎると堂主に怒られてしまうかもしれないからな」
    「それなら早く帰路に着かれた方が良いでしょう。我なら大丈夫ですので」
    「あまり冷たいことを言ってくれるな。もっとも、俺がいると落ち着かないというなら早々に立ち去るが」
    「いえ! そのようなことは……」
    「そのようなことは?」
    「ない……です」
    「ならいい」
     ふっ、と鍾離が笑った。歩けるか尋ねられたので、寝台から降りて鍾離の向かいへと座る。目の前にある、とろけた杏仁豆腐をレンゲですくって口に入れた。あまり噛むこともなく喉を通っていく、ほんのり甘い味にほっと息を吐く。その様子を見ていた鍾離も、筍が煮込まれた料理に箸を伸ばし咀嚼していく。なんとも静かな時間だった。
    「鍾離様のその料理は、なんという名前なのですか?」
    「これは腌篤鮮という名だが、食べてみるか?」
    「!?」
     さり気ない話題作りの為に口を開いたのだが、味が気になると思われてしまったようだ。鍾離が器用に筍を箸で割り、穂先をつまんで魈の目の前に差し出している。食べさせようとしてくれているのだろうが、口を開いてそれを迎え入れる程の度量は自分にはなかった。
    「いえ、あの……その」
    「柔らかく、よく味が染みていて旨いぞ」
     こちらの心中など知られる由もなく、鍾離が不思議そうな顔をして、さらに箸を突き出してきた。これはいっそ食べさせて貰うより、断る方が不敬かもしれないと思い至り、口をゆっくりと開ける。まるで餌付けのような光景に居たたまれずにぎゅっと目を閉じた。舌の上に乗せられた感触がして、口を閉じる。感想を伝えなければと、よく味わいながら咀嚼して飲み込んだ。確かに柔らかく、掘りたてだった為かえぐ味もなく、食べやすくはあった。
    「……その、確かに柔らかく、味がよく染みておりますね」
    「だろう?」
    「しかし、我には少しばかり味が濃いかもしれません」
    「ふ、そうか」
     正直な感想を口が喋っていた。一瞬ぱちくりとまばたきをした鍾離が、口角をあげ、優しい笑みを浮かべた。
    「あっ……折角いただいたのに……申し訳ありません……」
    「お前の素直な感想だろう? 何を謝る必要がある」
    「はい……」
     途端に居たたまれなくなる。先程と同じ無言の空間なのだが、勝手に空気の重さを感じる。懸命に杏仁豆腐を口に運ぶことしかできなくなってしまった。
    「お前がいつも美味しそうに食べているそれも、俺に一口くれないか?」
    「っ! ごほっ、も、もちろんです」
     場を和ませようとしたのか、鍾離がそんなことを言うものだから、盛大に噎せてしまった。勝手に空気の重さを感じていただけで、鍾離は然程気にされてないようだった。
    「大丈夫か?」
    「っはい! ……どうぞ」
     レンゲいっぱいにすくった杏仁豆腐を鍾離の目の前に差し出す。たくさん食べてもらいたくて目一杯すくったのだが、一口にしては量が多かったかもしれない。指先が震えてくる。
    「ひっ」
    「うん。うまいな」
     それを気取らたのか、手首をやんわり握られ、レンゲが鍾離の口の中へ消えていった。目尻を下げ美味しそうに杏仁豆腐を飲み込んでいく鍾離を見ていると、心が綻んだ。しかし、鍾離が口にしたレンゲ……と思うと顔が熱くなってきて、次の一口が途端に食べられなくなる。
    「? やはりまだ少し体調が思わしくなかったか? 顔が赤いぞ」
    「だ、大丈夫です!」
     鍾離の手が伸びて、魈の頬に触れようとしていたので慌てて杏仁豆腐を口の中へ掻き込んだ。所作が汚いとか、そんなことを気にしてはいられなかった。
    「ご馳走様でした……」
    「うむ。俺も美味しかった」
     食べ終わってしまった。それはつまり、鍾離が帰路につかれるということだ。魈が目を覚ましてから、ものの一時間も経っていない。
    「そんな顔をするな。また会いに来る」
    「っ、あ、いえ、その」
     自分がどんな顔をしていたのかわからず、慌てて俯いた。別れ難いとか、寂しいだとか、そんなことは思っていないはずなのに。
    「……筍が思いの外たくさん取れてしまったから、運ぶのを手伝って貰えないか? まぁ、お前の体調の方が優先だが。往生堂の近くまでで構わない」
    「! 是非お供します!」
    「うむ。ではすぐにでも行こう」
     また鍾離が笑みを見せた。鍾離の笑った顔を見ていると、胸がざわついて落ち着かない。まだ一緒にいられるのだと思うと、自然と顔が緩みそうになる。どちらも夜叉の務めには必要なく、無縁なものだ。
     でも、そんな感情を心地良いと感じるのも、また事実だった。
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