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    meemeemeekodayo

    基本かくか受けで文章を書いている者です。たまに別ジャンル

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    meemeemeekodayo

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    夜遊びする嘉を迎えに来てくれるタイプの彧様。手を繋いで帰ろうね。ちょっと深い仲。

    #彧嘉
    yuga

    雲が攫いにくる無数の瞳から発せられる視線はどれも好奇に満ちていた。賑わう酒家なのだからどんな客がいたって可笑しくないが珍しいものでも見るような目が向けられて、居心地が良いとはとても言えない。特に女性からの視線が多い。荀彧はそれらを察しながらも気づかぬふりをして颯爽と歩みを進めた。
    これは品定めをする者たちの目だ。宝玉を確かめるような審美眼などではなく、どちらかと言えば少々下品なそれである。よくあることだがここまで色に塗れたものは初めてだった。
    毅然とした姿勢でかわしながら、荀彧はどんどん奥へと向かう。狭い出入り口に比べて中は広く奥行きがある。目当ての人は最奥で楽しんでいると聞いたからそこを目指しているが、歩いている内に彼がどういう待遇を受けているのか分かってきてしまった。恐らく常連なのだろう。顔に出さず心で嘆き、一番奥にある卓へと近付いていった。
    周りにいる妓女らしき女はひとりふたりではなかった。客を中心として、左右に翼の如く広がって数人ずつ掛けている。荀彧が近付くと女は皆一斉に目を向けてきて所々で声が上がった。
    ただ中心にいる彼だけが未だに背を向けている。まだ何も発していないがもう荀彧が来ていることは感じ取っているはずだ。加えて、荀彧が何故わざわざ出向いたのかも察しがついている。それでも意地なのか何なのか一向に振り返らない。
    我慢比べをしに来た訳ではない。募る苛立ちを必死に飲み込み一呼吸置いてから荀彧は口を開いた。
    「郭嘉殿。帰りますよ」
    「おや……荀彧殿。こんな場所で会えるだなんて」
    「そういう態度は結構です。ほら。早くしてください」
    飲み込んだもののやはり腹立たしかった。ようやく振り向いた郭嘉は頬と目元を若干赤くして杯片手に微笑み、まるで偶然出くわしたかのような口振りで荀彧を呼んだ。あろうことか共に酒を飲もうと、隣にいた女をどかしてまで誘ってくる。当然それに乗るつもりのない荀彧はもう一歩、彼へと近付いた。
    「何のための、療養だったのです」
    彼にだけ聞こえる声で囁く。聞こえただろうが、郭嘉は目を細めて笑みを深くするばかりだ。特に何かを言うこともなく柔らかい目で荀彧の瞳をじっと見つめていた。
    郭嘉の体が丈夫ではないことを、荀彧は随分と前から知っている。幼い頃から臥せがちだった彼の体質はある程度改善されたとは言え、常人よりは弱いようだ。つい先日も熱を出したり咳き込んだりする姿を見てしまった。青白い顔で痛む胸を押さえながら笑う大事な人を、放っておくことが出来るだろうか。
    悩みの種である一方で、彼の秘めたる事実を知っているという矜持にも似た感情があった。荀彧はそれを誇ってしまう己を恥じた。しかし知っている以上彼の命を無駄にすり減らす訳にはいかない。
    「……とにかく、もう帰りましょう。今夜は特に冷えると聞いています」
    「平気なのに」
    「いいから言うことを聞いてください。私が来た意味が、分からない貴方ではないでしょう?」
    この男を動かすのはどんな不利な戦を覆すよりも難しい。一見いつも微笑んでいて穏やかな印象を与えてくれるが中身は結構頑固なもので素直に従うことは稀だった。柔軟性がない訳ではないのにひとたび戦から離れれば、こうだ。
    強めの言葉を選んだのは荀彧なりの抗議と心配である。苛立ちを見せずに済むのならばその方がいいし場の雰囲気だって本来ならば壊したくはない。けれども焦燥に駆られてやっとここまで来たのにその対象が飄々としているのだからある程度は言ってやらなければ気が済まなかった。
    丸い金色の目が揺れている。細くなって歪んだかと思えばやや色づいた唇が小さく動いた。いいよ、と確かに荀彧の耳にはそう聞こえた。
    「迎えが来たようだから、今日はお開きだ。皆、ごめんね」
    郭嘉が言うと妓女たちは残念そうな声を上げて、それからちらりと荀彧へ視線を寄越してすぐにまた逸らされた。興味を逸したと、決して口には出さないが彼女たちの顔にはありありと書かれている。
    「あれ、もしかして荀彧殿」
    「全て済んでおりますから……行きますよ」
    既に荀彧は金子を店主に渡しておいた。店に着いて彼の居場所を聞いた後、すぐのことだ。額が合っているのか自信はないが足りないということはないはずである。多めに用意したから、恐らく快く通してくれたのだろう。
    察しの良い郭嘉は微笑むばかりでやはり何も言わなかった。名残惜しい素振りで親しい女の手を軽く握ったかと思えばあっさりと立ち上がり荀彧と並ぶ。
    「ありがとう。お迎え、嬉しいよ」
    甘い香りと酒の匂いを纏ったまま、とびきり綺麗な顔で隣に立っていた。

    荀彧の予想通り、外は肌寒かった。来たときは急いていたから暑ささえ覚えていたのに今は袖を通る風が冷たく感じる。己でこうなのだから、彼の方がもっと辛いかもしれない。しかし酒のおかげなのか大して寒そうにしておらず寧ろ上機嫌に両手を広げて体いっぱいに風を浴びていた。
    「随分酔っていらっしゃるのですね」
    「そんなことないよ」
    「では何故そんなに、機嫌がよろしいのでしょう」
    歩く道は暗い。後ろにはまだ街が見えるから灯りが分かるが先へ続く道に光は見えない。もう少し行けば多少開けた場所に出るし今だって決して真っ暗闇という訳ではないのだが荀彧の気分は明るくなかった。
    郭嘉が明るく華やかな世界で楽しそうにすればするほど、引きずり込まれるように気持ちが沈んでいく。彼が健やかに生きてくれればいいと願う思いは本物なのに、荀彧の手から離れて遠いところで遊んでいると嘘のように落ち着かない。体調が万全ではない癖に出歩いているのが気に食わないのかと思っていたがどうやら違うらしい。
    機嫌が良いのならば、それでいい。しかし彼の喜びを黙って見ていられるほどお人好しでもない。
    そこまで考えてから荀彧は我に返った。よくない思考に捕らわれている上に態度も少々きつかった。一気に申し訳なさが這い上がってきて慌てて口を開く。
    「郭嘉殿、私は」
    「荀彧殿と一緒に帰っているから」
    「えっ……」
    「機嫌がいい理由、でしょ?夜にこうしてふたりきりでゆっくり歩くなんて、とても久しぶりじゃないかな」
    荀彧の言動はあまり気にしていないようで、郭嘉は嬉しそうに話していた。まるで悩み事なんて何もないという顔をして手を伸ばされる。少し冷えた指先が袖を掴み、甘えた仕草で手の甲に触れる。
    「そう、でしたね」
    触れられると、当たり前だが彼がそこにいると自覚できた。背負っていたものが落ちた気がして心身ともに軽かった。
    夜風は冷たい。これからもっと冷えるだろうから、そういう理由を作って自分に言い聞かせた荀彧は甘える指を掴んで手の中に仕舞い込んだ。背丈にそこまで差がないため手のひらの大きさも二人の間に差異はそれほどないのだが、少々郭嘉の指の方が細い。と、いうより骨ばっている。昔はもっと肉付きが良かった。力を込めれば簡単に折れそうなそれを優しく握り締めれば郭嘉は子供っぽくくすくすと笑った。
    「これも、久しぶり」
    「ええ。幼い頃を思い出します」
    「幼いって言ったって、出会ったときから荀彧殿はもう大人みたいなものだったよ」
    しみじみと話す郭嘉は前を向きつつも目を閉じて、小さい時分の己を思い出しているようだった。以前住んでいた場所や荀彧と一緒に過ごしたときのことなどを懐かしそうに話す。未だ酔っているのかと思いきや歩みはしっかりしているし話す内容も鮮明だから案外最初から大して酔っていなかったのかもしれない。
    荀彧が郭嘉の話に耳を傾け相槌をしているといつの間にか指が絡んでいて、二人は手を繋いで夜道を歩いていた。
    「郭嘉殿、こちらですよ」
    「うん?向こうで合っていると思うのだけれど」
    「そちらは郭嘉殿のお住まいじゃないですか」
    帰るとは言ったが彼の家へ送り届けるとは言っていない。そもそも夜遊びを叱って、品行を正すために荀彧は足を運んだのだ。繋いだままの手を引けば郭嘉は僅かによろめいて、それでも転ぶことはなく意外そうな目を向けてきた。
    「行ってもいいの?」
    みなまで言わずとも郭嘉は荀彧の心意を読んだようだった。見せる反応はいじらしい。そんな彼を見ると荀彧もまた言葉に詰まってしまい、咄嗟にいい返しが出来なかった。頷いて軽い同意を口にすると勢いよく手が離れる。
    「そしたらやっぱり、一度帰るよ……自宅に」
    「な、何故です」
    行き場を失った手が空ぶって郭嘉を捕まえ損ねる。また突き落とされた感覚にぞっとして動揺した荀彧は身を引こうとする郭嘉の手首を再び掴んだ。強張っているのが分かる。気まずいのか、郭嘉は曖昧な笑みで今度はやんわりと振り払っていった。
    「あのね、荀彧殿。貴方と過ごすときはその、綺麗な私でいたいから。ね?」
    荀彧とて、彼の話す内容が分からぬ性質ではない。中途半端に呼び止めようとした手は引っ込みがつかなくなってしまった。掠りもせずにそそくさと、足早に彼が去っていくのが見える。一度だけ振り返り、笑って、手を振られた。
    「……また、迎えに行かないといけませんね」
    今はもう、離れても然程気分の浮き沈みは激しくなかった。
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