昼下がりの店内は客が少なく、ゆったりとした空気が流れている。想楽は欠伸を噛み殺しながら、商品の陳列を行っていた。
この雑貨屋でバイトをしている想楽は、何故か今店長代理の肩書を得ている。時折奇想天外な行動に出る店長が、想楽に店を任せて海外へ飛んでしまったのだ。想楽が選ばれた理由も、ただその日シフトだったからなのか、適任だと思われたのか、バイト歴を考慮したのか定かではない。
店長代理と言っても、管理業務が少々上乗せされただけで、やる仕事が大きく変わるわけではない。最初こそ戸惑ったものの、一週間もすれば慣れてしまった。
店長の海外行きというのも、期間にして二週間程度のことらしい。残る一週間を何事もなく乗り切れることを祈りながら、想楽は新商品を棚に並べていく。
「……あれ」
空になった段ボールを畳みながら店内を見ると、ふと目を引く人物が視界に入った。長髪を揺らしながら歩くその男性は、想楽がこれまで出会ったことがないくらいに整った容姿をしている。芸能人か何かなのかもしれないが、とにかくこの店内とは似つかわしくない、異質な雰囲気を纏っていた。なにせこの店の客層は、圧倒的にごく一般的な学生が多いのだ。
冷たい印象すら与えそうな美貌には、不思議と威圧感がない。琥珀色の瞳は何かを探し求めるように、忙しなく周囲を見渡している。どうやらお困りの様子だ。
近寄りがたいのは間違いない。けれど店員として、店長代理としての使命を果たさないわけにもいかないだろう。
想楽は店内を彷徨う長身を追い、その背に向けて声を掛ける。
「何かお探しですかー?」
「……ああ、すみません。物を探しているわけではないのです」
振り向いた男から返ってきた言葉は、予想外に丁寧で柔らかい。男は店員から声を掛けられたことに、申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「実は以前、こちらでとても良くしていただいた方がいまして。今日この後、その方とお会いすることになっているのですが……」
「うちの店員ですかー?」
想楽の問いかけに男はこくりと頷く。嬉しそうに微笑む顔も随分と絵になるのだなと、頭の片隅で思わず感心する自分がいた。
最近店で何かあった記憶はない。そもそもこんなに目立つ人物であれば、忘れているはずがないだろう。であれば自分のシフト外の出来事だろうか。
「お前さん、来てたのかい?」
不意に背後から低い声が聞こえて、想楽は思わず飛び上がった。考え込んでいたのもあるが、全く気配を感じなかったのだ。
「雨彦!」
想楽の背後へ視線を移した客人は、ぱっと表情を明るくして、弾むような声でその名前を呼んだ。振り向くとそこには、本日共にこの店を切り盛りしていた男の姿がある。
「少し時間に余裕ができまして、立ち寄ってしまいました。ご迷惑でしたか?」
「まさか。ちょうど今上がったところだ、お前さんを待たせなくて良かった」
想楽を挟んで始まった二人のやり取りに、想楽は困惑した。
雨彦というのは、一月ほど前にやって来たアルバイトだ。想楽と一回り年が離れたこの男は、どういうわけか本業の傍らでここに来ているらしい。
想楽はこの男の本業が何なのかも知らなければ、何故敢えてここでバイトをしているのかも知らない。知っていることといったら、綺麗好きで掃除の腕が良い、ということくらいだ。つまるところ、ただ週に数日顔を合わせて、仕事のやり取りをするだけの間柄だった。
けれどこの短い付き合いの中でも、今の雨彦の様子が普段と違うことはわかる。その表情には突然の来客への喜びが滲んでいるし、声だって今まで聞いたことがないくらい穏やかで優しい。明らかにただ少し世話をしただけ、という雰囲気ではない。
まるで、恋人を相手にしているみたいだ。
そんな思考に至った想楽は、自分の発想に驚いて、仲睦まじそうに話している二人を交互に見た。素性の知れない謎の男に突然現れた美人の恋人。そんな小説みたいなシチュエーションが降りかかることがあるだろうか。
「それじゃあ行くか」
「はい。店員さん、ありがとうございました」
混乱している間に二人のやり取りは終わってしまったらしい。男は想楽に向かって丁寧に一礼をして去っていく。並んで歩く二人の距離感が妙に近いのは気のせいではないだろう。
「……どういうことー?」
一人残された想楽は首を傾げながら、二人の背中に向けてぽつりと呟いた。
この二人によって、想楽の店長代理生活が波乱の展開を迎えることを、今の想楽は知る由もない。