窓の外は鈍色。さあさあと音を立てて、雨が降っている。
世界から隔絶されてしまったみたいな、静かな部屋の中。クリスはじっと、外の世界を覗いている。
「あめ」
そう口に出してみた。それは彼の音だ。たったふたつの音がクリスの中に落ちてきて、それに心が満たされる。
包み込むように柔らかくて、優しくて、静かなその音は、彼に似合いだと思う。
そんなことを考えていると、自然と口元に笑みが浮かんだ。
「この天気なのに、随分とご機嫌だな」
いつの間にか隣にやってきた雨彦が、少し意外そうな顔でクリスを見ている。
「この天気だからですよ」
「この雨だと、海にも行けないのにかい?」
雨彦は、さらに不思議そうに小首を傾げた。雨はクリスと海とを隔てるものだと思っているのだ。
実際のところ、そんなことはないのに。
昔のクリスであれば、この程度の天気なら気にせず、海に潜っていたものだ。雨だから、海に行けないなんてことはない。
だがアイドルになってから、クリスは自分の意志でそれをやめた。今のクリスは、雨の日にはほとんど海に行かない。
体調管理も仕事の内だし、雨彦や想楽に心配そうな顔をさせるのが嫌だったからというのもある。そして最大の理由は、海で過ごす時間と同じくらい特別で、大切な時間を得たからだ。
「ええ、それでも私は雨が好きです」
その音を持つ、大切な人への想いを込めて、そう伝える。
この時間が、この時間をくれる雨が、雨の音を持つ彼のことが好きだ。
隣でぴく、と肩が揺れる。
「雨が、好きなんです」
「お前さん……」
その瞳を真っ直ぐに見上げてもう一度言えば、雨彦は少し照れたように目を泳がせた。そんな彼の様子を、愛おしいなと思う。
思わず小さく笑みをこぼすと、ぐい、と肩を抱き寄せられた。触れた先から雨彦の体温が伝わってくる。暖かくて優しいその温度を、クリスはよく知っている。
「それが、お前さんを海から奪っちまうような存在でも、そう言えるのかい?」
「はい。私は望んでここにいますから」
そう言いながら、クリスはその広い背中に腕を回した。
「だから今日も、私を奪ってください、雨彦」
言葉よりも早く、ぐっと腕の力が強まる。吸い寄せられるように、お互いの顔が近づいていく。
そっと目を閉じると、雨音だけが耳元に届く。それを遠くに聞きながら、クリスは重なった熱を受け入れた。