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    34bleu

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    秋の日いちうり(同棲中)

    #イチウリ
    ichuri

    life「……あ」
    それは、秋の夜の肌寒さに負けるように入ってしまったコンビニでのことだ。
    ―わり、ゼミが長引いてるから先帰っててくれ―
     そんなメッセージが届いたのはつい先ほどのこと。そもそも取っている授業が違うのだから、一緒に帰る必要もないのだ。どうせ帰る場所は同じだし、今日は行きつけのスーパーが安い日なわけでもない。相変わらず律儀だな、と思いながら雨竜は「了解」と簡単に返事をして携帯をしまった。
     ひとりで帰るのは久々で、まっすぐ帰るつもりだったのにアパートの近くにあるコンビニに、習慣のように入ってしまった。一護はいつも、このコンビニであれやこれやとお菓子を買うのだ。
     雨竜にお菓子を買うつもりはなく、ただ入ってすぐに出るのもおかしな気がしたのでぐるりと回って見る。店内はすっかり秋限定の商品が並んでいる。
     その中に見覚えがあるものを見つけたのだ。
     どうしよう、と少し迷って雨竜はそれをレジへと持って行くことにした。


    「ただいまー」
     雨竜がちょうど片付けと着替えをすませて一息ついた頃、玄関のドアが開いた。
    「おかえり、黒崎」
    「グループ作業全然進まねえ」
     狭いリビングで出迎えると、ばたばたと厚底のスニーカーを脱ぐなり、一護が吐き出すように言った。
    「そんなに?」
    「なんかみんなやる気ねーんだよな。話し合う雰囲気にならねえっつーか」
     どうやらゼミが長引いた理由は、グループ作業が進まないのが原因のようだった。
    「そういう時はひとりででも進めたらいいと思うよ」
     それは雨竜にも経験のあることだった。大学は高校よりも人数が多いせいか、いろんな人間がいるものだ。こういう時、なんだかんだと啓吾や水色とは作業が進んだなと高校の頃を思い出す。
    「そういうモン?」
    「うん。意外と教授、やってる人とやってない人見てるからね。ちゃんとやってれば君は単位取れるだろう」
    「……来週からそうすっかな」
     言いながら、一護は小さなキッチンにおいてある冷蔵庫からピッチャーを取り出した。外はもう肌寒いというのに、一護はどちらかというと暑そうだった。まるで真夏のように、ガラスのコップにこぽこぽと麦茶を入れる。
    「急いで帰ってきたの?」
    「いや、まあなんか……早く帰ろうって」
     ごくりと立ったまま麦茶を飲む一護は、珍しく少し気が立ってみえた。よっぽど授業が進まなかったのが堪えたようだ。根は真面目な彼のことだ、気持ちは理解できるだけに雨竜は気の毒になる。
     そして、それならば買ったもののどう切り出したら良いのか悩んでいたものを出すのに良いのではないかと思い至る。
    「……あの、さ」
    「んー?」
    「冷凍庫にアイス入ってるよ」
     そう言うと、案の定一護はコップを手に持ったまま驚いて雨竜を見た。
     無理もない。これまで雨竜自身が覚えている限りでも、アイスを買ったことなんて数えるほどしかない。真夏だって、エアコンの下は冷えるのだ。わざわざ身体の中から冷やしたいなんて気は起こらなかった。そもそもその、数少ないアイスを買った思い出は、大抵一護に誘われて、だ。
    「……マジ?」
    「うん。さっきコンビニで買った」
    「珍しーじゃん」
    「食べていいよ。夕飯の後なら」
    「お前が食うんじゃねーの?」
    「……僕は、まあ別に」
    「何買ってきたんだ?」
    「えっと……」
     聞かれるだろうな、と思っていた質問だったが答えを用意できていなかったので言い淀む。
     言ってしまえば、それはもう何を思って買ったのか、気づかれてしまうからだ。
     買った以上、気づかれることは承知の上のはずなのに身体の柔らかいところをくすぐられるような感覚で、自分から言葉にするのは難しかった。
    「見ていい?」
    「……うん」
     飲みかけの麦茶をテーブルの上に置いて、一護が再び冷蔵庫へと向かう。2DKの部屋のキッチンは数歩の距離だ。
     一護ががらりと冷凍庫を開けるのを、雨竜はそわそわした気持ちで眺めた。買ったばかりのアイスは、冷凍庫を開けてすぐの場所にしまってある。
    「…………」
     冷凍庫を開けたまま一護の返事がなくなった。
     気づかれたんだろう。
     体温が上がった気がしたが、雨竜は冷静を装う。
    「……君のだよ。夏はなかなか売っていないんだろう」
     冷凍庫にあるのは、チョコレートでコーティングされた秋冬限定のアイスだ。
     その昔、一護が夏には濃いめのチョコレートアイスがなかなか売っていないと嘆いていた。「これが好きなんだよな」とまとめ買いしていたのを見たのは一緒に暮らし始めて初めての秋のことだったか。
     知ろうとしたわけでもなかったが、一緒にいる時間が長くなればなるほど、些細な情報も勝手に蓄積されていく。
     ばたんと冷凍庫が閉まって、一護が振り向いた。
    「もしかして、前言ったこと覚えてた?」
    「寒かったから、コンビニに寄ったらたまたま思い出しただけだよ。本当に、たまたま」
    「そっか」
     きっと、黒崎もそうなんだろう。
     だからどんな風に言ったってもう、僕が何を思い出して、どんな気持ちでそれを買ったのかなんて想像に易いに違いない。
     それは少し気恥ずかしくも、嬉しい。
    「ありがとな」
     機嫌がよさそうに、一護が笑った。
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