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    34bleu

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    #イチウリ
    ichuri

    2/14その日、空座第一高校はどこかそわそわした雰囲気が漂っていた。
    「あー、わり」
     それは雨竜も例外ではなく、いつもより遅くなってしまった登校に、速足で下足室に入ると、途端にそんな声が耳に入ってきた。聞き慣れたその声に、思わず足を止める。室内に入ったといえど開けっ放しのドアからは冷たい風が入ってきていて、マフラーを口元まであげた。
    「今年はそーいうのナシ」
    「えっ」
     声の主は、一護と啓吾だ。
     なんとなく出ていくのが憚られてそっと様子を伺えば、どうやら啓吾が買ってきたチョコレートを一護に渡そうとしていたところだったらしい。コンビニでも売っている個包装になっているよくあるチョコだ。
    「別にチョコいっこくらいいーだろ。他のやつにやれば」
    「そーだけどぉ!」
    「僕のほら、ゴディバなんだけどいらない?」
     横にいた水色は、一護に向けてまるで宝石箱のような高級チョコレートの箱をぱかりと開ける。
    「……いや、やめとく」
     いつもだったら何らかの反応を示しそうなそれにも、一護は首を振った。
    「ふーん」
     それを見た水色も、それ以上の追求はせずに箱を閉じる。
    「なんなの、どういうこと!ゴディバだぞ!」
    「うーん、あ、ダイエット中………とか?」
    「あー、そんなトコ?」
     一護も水色も、語尾にクエスチョンがついていたが聞いていた雨竜はなるほど、と思った。いつも食べすぎな気がしていたのだ。だって、雨竜のアパートに一護がくれば、次の日のお弁当に入れようと思っていた料理はすべて、その日の内に一護の腹に収まるのだから。外見は気にしなくても大丈夫でも、多少は節制しようと思ったのかもしれない。
     肩にかけていた鞄をかけなおして、雨竜は一人頷いた。
     別に作って欲しいと頼まれたわけではない。少し前から学校では、バレンタインの話がそこかしこで話題になっていた。それで作ってみただけのこと。
    「みんな、おはよう」
     朝礼の時間も迫っている。
     啓吾が納得できないと叫んでいるところに割って入ると、三人が一斉に雨竜を見た。
    「石田」
    「あれ、おはよう石田くん。今日は遅いね?」
    「……うん。ちょっと。昨日寝るのが遅くなっちゃって」
     靴箱にローファーを入れて、上履きに履き替える。それを見ていた水色が、さっきの一護に向けたのと同じようにチョコレートの箱を見せた。遠目に見ただけでは分からなかったが、箱の中にきれいに包装されたチョコが整然と並んでいる。
    「はい、石田くん。おひとつどうぞ」
    「ありがとう。あ、じゃあ僕も」
     それを一つもらって、雨竜もかばんの中を探した。
     去年、何も用意せずに学校に来たら啓吾にとても悲しい顔をされたのだ。なので今年は、小さなチョコをいくつか作ってきてあった。夜、遅くなった原因のひとつでもある。
     透明のパッケージに水色の小さなリボンを結んだそれを水色に渡す。
    「ありがと。でも、良いんだ?」
    「何が?」
    「いや、こっちの話」
    「石田―、俺も! あ、2個やるな。なんかもらってくれねーやついるから」
     寄ってきた啓吾にも同じものを渡すと、啓吾はチョコをふたつ雨竜に握らせた。
     それでようやく、雨竜はさっきから不機嫌そうな顔をしている一護に声をかけた。
     図体がでかいのに、さっきからずっと後ろに立っていて邪魔だ。
    「ダイエット中なんだって? 聞こえてたよ」
     そう言うと、一護はなんだか唸るような声を出した。
    「……んあ? あー……」


    「本当に、ダイエット中か……?」
     屋上で食事をするにはまだ寒く、冬の間は特別教室で机をくっつけていつものメンバーで昼食をとる。大きく取られた窓から見える校庭では、一年生がもう遊びはじめていた。
     目の前でいつものように弁当を食べ終えた一護を見て、雨竜は首を傾げた。
     中身はいつもと変わらず、量も相変わらず雨竜の数倍はありそだった。とてもダイエット中の食事ではない。
    「うるせー」
     そのくせ、今日はずっと周りからのチョコレートを断り続けている。雨竜が周囲と交換しているのをうらやましそうに、だんだん不機嫌になりながら見ていただけだ。
    「そんなに食べたら間食を控えてもあんまり変わらないんじゃないか」
    「……………」
    「大体どうしてダイエットなんて突然言い出したんだ? 食事制限に反対はしないけれど君らしくはないよね」
    「いや、その」
    「……ム」
     ああ、と頭を抱えた一護を茶渡が心配そうに見た。
    「ねえ、一護。僕が悪いんだけどそろそろ無理」
    「何が?」
     啓吾が首を傾げる。
    「あのな……」
     一護の眉間にいつも以上に皺が寄っている。
    「黒崎、おやつがなくて食事が足りないなら僕のお弁当の野菜あげようか……? ダイエット中に機嫌が悪くなるのは仕方ないかもしれないけど……野菜ならビタミンやミネラルが取れるし」
    「だから……! ああもう俺だって無理だ!」
    「黒崎?」
     善意で言ったはずなのに、ついに一護は頭を抱えたまま机に突っ伏してしまった。どう見てもそんな辛いダイエットではないはずなのに、と雨竜も啓吾と同じように首を傾げてしまう。
     訳知り顔の水色だけが、ぽんぽんと一護の肩を叩いた。
    「……同情するよ」
     そしてそのまま立ち上がる。
    「じゃあ、啓吾。僕たちはもう行こうか」
    「え? どこに?」
    「女の子たちにもチョコをね。僕たちだけで分けてても味気ないでしょ?」
    「あっ、行く行く!」
    「俺も付き合う」
     既に雨竜以外の全員がとっくに食事を終えていた。
     慌てて弁当の中身を見たが、みんなと足を揃えて立ち去るには難しく、仕方なくそこに座って箸を進める。
    「んじゃ、一護、石田くん、またあとでね」
    「うん」
     ひらひらと手を振って、ぞろぞろと三人が出ていく。ぴしゃんとドアが閉められた後、教室はしんと静まり返った。
    「……………黒崎?」
     窓から入る太陽の光で突っ伏したオレンジ色の頭がキラキラ輝いている。
     表情は見えなかったが、その髪に声をかけるとようやくほんの少し頭が上がって目だけが見えた。
    「……ダイエットなんてしてねえ」
     表情といい、体勢といい、声といい全身で拗ねている。
     その理由は分からなかったが、していないというのはさっきの昼食を見ていればさすがに頷かざるを得なかった。
    「……? なんでまたそんな嘘を」
    「チョコを受け取らねー理由をテキトーに作ったんだよ」
    「受け取りたくない理由でもあるのか……?」
    「……あのなあ」
    「君チョコ好きだろう。一体何があったんだ」
     何も分からず尋ねると一護は、はあとこれ見よがしに大きなため息をついた。それには雨竜も内心むっとする。そんな分かってくれと言わんばかりの態度を取られても、あまりにも情報が足りなさすぎる。
    「……分かってねえな?」
    「何を」
    「何も!」
    「何も!?」
    「そうだよ!」
    「なんで!」
     思わず雨竜も大きな声をあげると、一護ががばりと顔をあげた。
     その顔は、さっきの拗ねた表情ではない。ただ、長らく日にあたったのかと思えるほど真っ赤だった。
    「……」
     その表情のままずいっと手のひらを差し出される。その分厚い手のひらの意味が分からず、雨竜はまじまじと見つめた。
    「何?」
    「……チョコくれ」
    「……いらないんじゃ?」
    「だから、今日は、一個だけ欲しいんだよ」
    「……え?」
    「お前からのだけが欲しいってこと」
     相変わらず顔は真っ赤だったが、それでも視線は外されることはない。
     チョコレートがどんなに好きでも、今日欲しいチョコレートはひとつだけ。
     今日はバレンタインデー。
     ぐるぐると頭を巡って、それがやっと消化される段になって雨竜は逃れるようにその視線から顔を逸らした。
    「……わ、分からないよ、そんなの……」
     まるで顔だけ夏になったみたいに熱い。
    「んで、あるんだろ。出せよ」
    「……なんだそのカツアゲみたいな言い方は」
     ちらりと一護を見れば、さっきと変わらず手のひらが目の前に差し出されている。
    「あるよな」
     なぜ確信を持っているんだ、と言おうとして雨竜は止めた。その手のひらが僅かに震えているのが見えたからだ。
     結局。そういうのを見てしまえば弱い。
    「……あるけど……」
    「出せ」
    「……なんなんだ……」
     文句を言いながら持ってきていたかばんの一番奥から、昨日遅くまで悩みに悩んだ数枚のチョコレートクッキーが入った袋を取り出す。
     みんなの分より少し大きくて、包装はオレンジ色。
     元々、あげるために作ったものだ。いらないならいらないで、消費のしようはいくらでもあると思っていたけれど。
    「……はい」
     とん、熱い手のひらに乗せればそれはやっぱりもらうべき人の元にいったようで心臓をくすぐられているようだった。
    「おう」
     受け取った一護もまた、ポケットの中にしまわれていた小さな袋を取り出した。
    「お前の」
    「……ありがとう……」
     白い紙袋は、100円ショップで見たことのあるもので、これもきっと手作りなのだろうと伺える。まさかそんなものが手渡されるとは思っておらず、雨竜はそっと受け取った。
     当の本人は、既に包装のリボンを解いてクッキーに手を出そうとしている。
    「ま、不味くても知らないからな」
     慌てて雨竜は言った。
     だって、お菓子はこれまでほとんど作ったことがなかったのだ。特に必要がなかったから。
     だから普通の料理よりも自信がない。
     ぱきんとクッキーが歯形に割れて、一護の口の中に入っていく。
     ごくんと喉が動くその一挙一動を、不安と期待と、妙に幸福な気持ちで雨竜は眺めた。
    「……うめえ」
     まだ赤い顔で、一護がへらりと笑う。
     どうしよう。
     想像以上だった。
    「……そう」
     そんな表情をするなら、来年は僕もひとつだけ持って行こう、と思ったのだった。
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