オイラはバンが許せない。
石鹸で全身洗うからだ。全身というのは文字通り、髪の毛からつま先まで、という意味だ。
別に石鹸にこだわりがある訳でも、こだわりの石鹸を使う訳でもない。とにかくその場で見つけた安いやつを使う。そう、強いて言えば安さがバンのこだわりだ。ドン・キホーテとかで売っている「え、何このメーカー見た事ないけど大丈夫?」みたいなやつのお得用だ。そんなもんだから髪がキシキシになる。でもコイツは気にしない。以前、だから年中ツンツンなんだよ! と言ってやると、そういえばエレインに髪が硬いと言われたとかなんとかで、オイラのシャンプーを勝手に使った。でもコンディショナーは使わなかった。使えよ!
顔がちょっと良いくらいしか取り柄がないんだから身だしなみにもっと気を配るべきなのに、それをしない。今だってこれから銭湯へ行くというのに彼の荷物は首に引っ掛けたタオルと、スパバッグ代わりの、何度も使ってしおしおになったスーパーのビニール袋(このセンスも許せない。バッグ買えよ!)に入れた石鹸一個だけ。
そんなバンがオイラは許せない。
……許せなかった。
「カカッ♪」
脱衣所でバンが急に思い出し笑いをした。気持ち悪い。しかもどうやら石鹸を見て笑っている。思い出し笑いを漏らすほどお買い得だったのだろうか。
「……あれっ」
まだ開けられてもいない、シンプルな白地に文字が書かれたパッケージ。こちらにも香水のような、けれどもとても品のいい香りが仄かに漂ってくる。
「その石鹸どうしたの」
「エレインがよ〜、姫さんたちと買い物行ったお土産って寄越したんだ♪ お風呂屋さん行く時持ってって、つって♫」
「……ちょっと見せて」
「アン?」
返事も聞かずに取り上げたパッケージに踊る赤い文字が表すのはサンタ・マリア・ノヴェッラ。言わずとしれた、イタリアの超老舗だ。エレイン、キミったら……!
それにしても知らないって恐ろしい。
「返しやがれ、キン……」
「ねぇバン、これ幾らか知ってる?」
「あぁ?」
耳打ちした真実に、バンの表情が見たことがない位に真顔になる。
「マジか」
「嘘言ってどうするんだよ」
「いつものヤツさんじゅっこ分……」
ぼそっと呟くと、バンはくるりと後ろを向いた。
「あれっ、帰るの?」
「いや、コインロッカーに預けてくる……」
「いやいやいやいや! 使おうよ! エレインだってそう言ったんだろ、バンに使って欲しくて買ってきたんだよ?」
そう説得するとバンまたこちらを向いて「キ……お義兄さん、シャンプー貸せ……ください♫」と言った。
エレインが絡むと途端に真人間に肉薄する。こんな所だけは嫌いじゃないなと思ったから、ちょっと許してもいいかななんて考えてみた。
「ちゃんとコンディショナーも使うならいいよ」
「前から思ってたけどソレ何?」
……そこからかよ!