バンにとってエレインの存在は生命そのものだ。だから長いこと離れてると呼吸のしかたも忘れてしまう、と本気で考えていたし、長いことどころか今日数時間会わないだけで既に窒息寸前だった。
「エレイン帰ったぜ〜♫」
人間離れしたスピードで帰宅したバンは「おかえりなさい!」と胸に飛び込んでくる妖精を抱きしめる構えをしたが、やってこない。代わりに強いラベンダーの香りが部屋の奥から漂ってきた。
「! 風呂か!」
即座に居場所を感知しすっ飛んでいくと、思ったとおりにエレインは湯浴みの最中だった。
「エレイン〜!」
「うきゃあ?!」
そのまま浴槽にダイブする。流石にエレインも一瞬面食らったが慣れたもので、直ぐに笑顔で「困った人!」と全く困っていない様子で破顔した。
「寂しかったんだぜエレイン〜♫」
「それで甘えん坊さんになっちゃったの? とにかくお仕事ご苦労様、バン」
ちゅ、とエレインがバンのほっぺにおかえりなさいのキスをすれば、バンはその唇にかじりついた。そのまま事にもつれ込もうとしたが、エレインの肩が少し冷たくなっていたのでかろうじて理性を取り戻す。それから「湯冷めしちまうな」と本人はびしょびしょのまま浴槽から出てタオルを拾い上げたが、こちらもバンが湯船に飛び込んだ時の衝撃でぐしょぐしょになっていたので放り投げた。
「悪ィ。乾いたやつ持ってくるわ♫」
「ううん、大丈夫」
エレインが白いつま先を浴槽から出すと、その不思議な力で温かいそよ風が吹く。それとほぼ同時に白い花びらが彼女の身体を包み込んで、またたく間に薄絹となった。
いつ見ても不思議で見惚れる光景だとバンは思う。尤もエレインに関して見惚れぬ事などないのだが。
「それより貴方がびしょ濡れじゃない」
そんなバンにエレインは眉を下げてほほえみながら、乾いたタオルを差し出した。
「エレイン、何か欲しいモンはねぇか?」
豚の帽子でのやり取りのさなか、そしてここに帰るまでの間にバンが出した結論は実にシンプルなものだった。
―― 本人に聞きゃいいんだ♫
こんな単純な事に時間をかけてキングと一緒に悩んでいたなんて、我ながら愚かが過ぎる。そもそも悩むのは性に合わないのだ。エレインが絡むと冷静でいられない自分を改めて自覚し、珍しくバンは少しだけ反省していた。
「欲しいものって?」
「ホラお前、もうすぐ誕生日なんだろ? 記念になんかくれてやりてぇんだ♪」
「まあ、バン……!」
するとエレインが顔をおおって泣き出したので、ぎょっとしたバンはまた、危うく冷静さを失うところだった。
「オイ、どうした?」
「だって嬉しくて」
「なんだ、驚かせるなよ♪ 泣くほどじゃねーだろ?」
「えへへ、ごめんね。でもバンがそうやって私の事想ってくれて、一緒にいられるだけで十二分なのに……」
「絶対そう言うと思ってたぜ♫ でもな〜……」
それはそれ、これはこれなんだが、と頭を掻くバンに、エレインはぎゅっと抱きついた。
「バンの気持ち、伝わっているわ。私達同じ気持ちなのね」
「カカッ♪ 俺たち相性バッチリだな♫」
「あ、あのね! 内緒なんだけど実は私も……」
「内緒なら言うなって〜♫」
耐えきれず《内緒》を打ち明けようとしたエレインの唇を、軽いキスで塞ぐ。
「その時までのお楽しみにしてるぜ。俺も何か考えとくからよ♫」
「……うん!」
それから今度こそ、二人は抱き合い口づけあったまま寝台に倒れ込んだ。