翌朝、エレインが目覚めた時には珍しく隣にバンの姿がなかった。意識を寝室の外に向けるとキッチンから、楽しげな気分が感知できた。
「おはよう、バン。随分ご機嫌ね」
「おー、エレイン♪ まぁな、ちょっとこっち来い♫」
言われるまでもなくふわふわとバンの側に向かうと、突然口の中にスプーンを突っ込まれる。エレインは一瞬驚いたが、その直後には別の意味で驚かされた。
「んんんっ! なぁにこれ!とっても甘酸っぱくていい香りで妖精王の森のベリーそっくりで……でも知らない味もする!」
「カカッ♫ どうだ?」
どうだと聞く割にその表情は、良い答えを確信した顔だった。自信満々のその顔に「最高に決まっているじゃない!」という気持ちを込めて、答えより先にキスをする。
「我ながら会心の出来栄えだぜ♫ 朝市に行ったらよ、めちゃくちゃいいベリーと珍しいスパイスがたんまり売ってたんだ、運が良かったぜ♫」
「そうだったのね」
「明日はお前の誕生日だからな、そのお祝いケーキの試作ってとこだ♫」
「まぁ……。バン、大好きよ」
真心を込めて自分より遥かに大きな身体に腕を回すと「朝から理性飛んじまうからよせって♫」と、口調とは裏腹にほんの少しだけ照れた声が返ってきた。
朝食を終えた二人は食後のお茶を楽しんだ。バンはいつものようにエレインを膝に乗せているが、何故か執拗にエレインの手を揉んでくる。
「私の手、別に凝ってないよ? 今度は私がバンの手揉もうか?」
エレインがくすくす笑うと、バンは「ああ」と曖昧に頷き「ちっこくてふわふわですべすべで気持ちいいからな……」と呟くように答える。
「フフッ。バンの手は誇り高い戦士の手ね」
「ハッ、薄汚ねぇ盗人の手さ♪」
「私を包んでくれる優しい手よ。そして私を奪ってくれた手……大好き」
「そんなこと言って、もっと奪っちまいたいところだけど……よ♪」
バンはそう言いながら立ち上がり、そっとエレインを床に下ろした。
「お買い物に行くの?」
「ああ♫」
「ああ、私の」
「おっと、それ以上は読むなよ? 明日の楽しみが半分になっちまうからな♫」
「わ、私もすごい内緒あるんだから!」
「カカッ♪ お互い楽しみだな〜♫ でもやっぱその前に〜……」
くるん、とエレインの視界が天井を向く。驚く間もなく目の前にバンの鋭い視線が迫り――……。
「お前を奪う♫」
その日の午後、とても珍しくバンとエレインは別行動だったが、それもそれぞれがお互いの為を思っての事だった。