男がいた。
旅人に見える。が、旅をしているというよりは、家もなくさまよっているようにも見えた。相当な長身で見た目にも鋼のように鍛え抜かれたと判る肉体、何もかもを射殺すような目つきをしているが、端正な顔立ちと言えた。
だがこの男、少々頭がイカれているようだ。
男は頭陀袋の他に、荷物を抱えていた。おおよそこのような男が持ち運ぶものとは思えないような、淡紫色の愛らしい小花を咲かせた植物の植木鉢である。
男はその花に向かってしきりに何かを話しかけている。その時ばかりはとても柔和な表情になるのだった。
けれども植木鉢相手に喋る男になど誰も近寄らない。男のかんばせに釣られた女も、そのような様を見ると同時に薄気味悪いものを見たという顔をして去っていく。皆、遠巻きに男眺めては影でひそひそと囁きあうのだった。
ある時、退屈を持て余したゴロツキが気の違った男をからかってやろうと例の植木鉢をかすめ取ろうと手を伸ばした。
その瞬間男は烈火の如く怒り狂い、ゴロツキを滅茶苦茶に殴った。野次馬たちがゴロツキは殺されてしまうだろうと思った時、男はピタリと拳を止め、植木鉢に「でもよ……」と声をかけた。それから何事もなかったかのように、再び植木鉢を大切そうに抱えて街を去ったのだった。
「だから言ったろ、ここはロクでもねぇ街だって。ん? そうか? 悪かったって、もうやらねぇ♪ それより次はどこに行こうか、なぁエレイン?」